僕らの終焉紀行 | ナノ
喉を一突き
一護が学校に来なくなる前日。喜助さんに、しばらく来るなと言われた。
なんでもまたなんかあったらしく、ごたごたしてるらしい。それもどうせ嘘だろうけど。
僕以外誰も気付いてないみたいだけど、喜助さん嘘付く時目が一瞬左に動くんだよね。
「…でも、面倒そうだし、そもそも僕に知られたくないなら、僕は何もしないけど」
心配はすれど、必要以上は検索しない。それが僕と喜助さんの関係だ。
よっぽどのことがない限り、お互いに深入りしない方が楽でいいから。
久しぶりのたった一人での下校、見上げた夕焼け空は血のように赤かった。
そのままぼんやりと歩いていたその時、突然視界が暗くなって、低い声が響いた。
「貴様が、井上識か」
確認なんかじゃない。人、でいいのかは定かじゃないが、人の形をしたそいつは、僕の目の前に突然現れて、腰に差した刀の切っ先を僕の喉に寸分の狂いもなく押しつけた。
「そう、だけど」
これが殺気とやらなのか、自分を取り巻く空気がやけに重たい。
「………やけに冷静だな」
そうかな、これが普段だけど。
「俺を、ありえない存在だと思わないのか、人間」
そこで、僕は初めてそいつをしっかりと見た。
喉に空いた孔、頭の仮面、綺麗な翡翠色の瞳に、その下にある翡翠色の涙のような模様、白い袴のような服装。
確かに、普通は見ない姿だ。
「どうだろうね」
重たい空気に肩が痛くて、適当に答えたらもっと重くなった。
「驚かないのか」
それとも、ただの馬鹿か、恐怖で身体が動かないのか。
そう笑ったそいつに、少しカチンときた。…ような、気がする。
「…別に。何も感じないだけ」
驚かないのか、だなんて愚問だよ。そもそも人は自分にとって予想外なことがあるから驚くのであって、予想外でなければ驚く必要はない。
まあ僕だって普通の人間だから多少は予想外のことがあったら驚くけど、それはほんの些細な内容だから大体のことは受け止めてしまって驚かない。
それにね、君は自分の存在をありえないものだと思わないのか、って聞いたけど、ありえない出来事なんてこの世にはないんだ。だから、僕に言わせてみれば『ありえない』という言葉自体がありえないんだよ。だからたとえ、君が人外だとしても僕は驚かない。さっきも言ったけど、僕にとって『ありえない』という言葉こそありえないし、それにそもそもそれは数多に存在する可能性の世界では実際にありえる事実かもしれないのだから。
「だから、僕は驚かない」
喉に押しつけられた切っ先にも、動揺しない。それがたとえ、自分が殺されるかもしれなくても。
「君が僕を殺す目的で僕の前に現れたのなら、早く殺してくれないかな」
どうせ抗っても目の前の彼には適わない。自分と相手の実力差が解らない程、僕は落ちぶれてはいないから。
それに僕は、本来なら生きていないのだから―――――。
喉を一突き
どうせ今の時間は、あの日殺されなかったオマケの時間にすぎないのだから。
だからほら、僕を殺しに来た君が驚いてどうするの。驚いてないで僕の時間をその刃で止めてみせてよ。
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