僕らの終焉紀行 | ナノ
振りかざした右手
立ち入り禁止のテープが残る古びた家の前に、僕はいた。
「…久しぶりだね」
そう呟いて、小さな造花を錆び付いた郵便受けに入れる。
今から十年近く前、ここで凄惨な事件、あるいは事故と呼ぶべきかもしれない、視点を変えれば自業自得だとしか言えない事件が起こった。
被害者は夫婦と呼べる二人の男女。唯一の目撃者はその子供で、解決は地球の自転の向きを変えるよりも難しかった。
何より、唯一の目撃者が事件のことを覚えていなかったのだから。
「―――――なんて、全部嘘なのにね」
あの二人は決して仲の良い夫婦とは呼べなかったし、現に子供が二人、家出をしたまま戻って来なかった。何か知られたくない事があったのか探そうともせず、たった一人残った、否逃げた二人において行かれた生贄のようなただ一人の子供に、あきらかに行き過ぎた躾を施していたのだから。
「だからみんな、自業自得だってさ」
事件後、周囲の反応は本当に様々だった。
ただ可哀相だと言う者。自業自得だと嗤う者。子供が犯人だと疑う者。
まあ僕が犯人だという説は、直ぐに無くなってしまったけど。少し可哀相な子供のフリをすれば、面白いくらいにみんな騙される。
でも、
「僕が犯人ってあながち間違いじゃないかもね」
だってあの時、確かに自分は懐刀のような小刀を手にしていた。
それで、それを鞘から抜いて両親に向けたのは覚えている。
その後、それで自分が何をどうしたのかは本当に覚えてないけれど、次に覚えているのは部屋中の赤と赤く染まった両親と呼んでいた人だった、モノ。手にしていた小刀はいつの間にか消えていたけどね。最初と最後だけで判断するなら、僕はれっきとした人殺しだ。
でもまあ、それでそのあとは玄関から声が聞こえたから、適当に言って警察を呼んでもらい、今に至る訳なんだけど。
「ここに来れば、何か分かると思ったんだけど。期待外れだったみたいだね」
どうでもいいし今更知らなくても問題ない前置きで長くなったけど、ここに来た理由は何となくあの小刀が気になったからという凄く今更な理由だ。
「それじゃあ僕はもう帰るよ。それじゃあね、父さん母さん」
去ろうとして、ふと足を止めた。
「――――――そうだ。姉さんがね、最近学校に来てないみたいなんだ。友達や知り合いも来てないみたいで、どうしたんだろうね」
聞いた所で返事はないけれど。
これが最後なんだからと一応報告だけでもしておいて、僕は完全にそこから立ち去った。
* * * *
尸魂界最大にして最悪の謀反が起きる少し前。虚圏、虚夜宮の王座に座る藍染惣右介は手にした紅茶を眺め、一人の少年を思い出していた。
「…藍染はん、紅茶がどうかしましたか」
あまりにも長い時間そうしていたのか、腹心の部下である市丸が彼に話しかけた。
「…いや、少しね。気になるかい、ギン」
「そりゃまぁ」
口元に笑みをたたえる上司に苦笑が零れる。
「直に分かるよ」
紅茶というより、烏龍茶に近い色をしたそれを愉しげに見た後、彼は誰よりも自分に忠実な一人の十刃を呼んだ。
「お呼びでしょうか、藍染様」
「よく来たね」
君に、頼みたいことがあるんだ。そう告げる創造主に跪き、一言「なんなりと」と言った彼は無表情で。
「実はね―――――」
これから起きるであろう全面戦争よりも愉しげに、藍染は彼に任務内容を告げる。
「――――――だから、頼んだよ、」
―――ウルキオラ。
「わかりました」
そう短く答え、ウルキオラは主の命を遂行する為に衣を翻し足早に去っていった。
「……なんや、新しい駒ですか」
自分の見知らぬ名を聞いて少しつまらなそうに、素直に疑問を零した市丸に藍染は否と答えた。
「あの子を駒如きにするつもりはないよ」
「へぇ、そないに凄い子なん?その…井上識言う子は」
「…そうだね。彼は、凄いよ」
瞳を閉じて思い出したのは、生きているうちにあの幼さで斬魄刀を解放させた少年。それはほんの一瞬だったとはいえ、その凄まじいまでの霊圧は周囲の整や虚、付近に駐在していた平隊士数名の魂魄を巻き込んで消滅させた程だ。
「ククッ…」
「なんや、えらい楽しそうやなぁ」
ウルキオラが去り再び静かになった部屋で、藍染の小さな笑い声だけが響いていた。
振りかざした右手
そうして賽は投げられ、波立つことを忘れた水面に小石は投じられた。
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