マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / マキリの娘とねじれた世界
小咄03

日記に置いていた小ネタです。



「捻れ曲がったこの世界で、この世全ての悪を生むこと。それが、私の願い」

何を犠牲にしても帰りたかった監督生と目覚めた万能の願望器の回


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 ◆

「ユウ。あなたの願いは?」
「帰りたい、です。元の世界に。おうちに、帰りたい……!」
 訳も分からず連れてこられた。なのに誰も叶えてくれないと悟った、たった一つのささやかな祈り。
 帰りたい。
 景色はそれほど美しくなくてもいい。どこかで誰かが飢えている世界でも、流血が止められない種族でも、緩やかに滅びゆく歴史だとしても。
 ただもう一度、ユウは家族に会いたかった。それこそ何を犠牲にしても、この世全ての悪になったとしても。
 ただただ、恋しかった。
 物に溢れた四畳の部屋が。
 時折焦げた臭いのするキッチンが。
 あたたかなご飯の味が。

「ーーその祈り、受諾しました」

 ◆

 大聖杯の欠片を埋め込まれた人形は捻れた世界で七つの負債を吸収し、ついにその機能を取り戻した。
 憤怒を、
 悲嘆を、
 羞恥を、
 焦燥を、
 恐怖を、
 罪悪を、
 孤独を、

 ◆

「――閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。」
 少女が呪いを紡ぐ。
 魔力の無いはずの身は、異界へと繋がる鏡を何度も通り抜けたことで微弱だが魔力を帯びていた。
 一つ呪いを紡ぐと、足元に描かれた魔法陣は輝きを増した。
 一つ小節を唄うと、大気はうねり、表皮を走る痛みが神経を焼いた。
 まるで臓腑が燃えるような熱と苦痛だ。それを歯を食いしばって耐えて、耐えて、耐えてーー
「汝、悪夢の言霊を纏う七天。捩れ(ねじれ)、捩れ(よじれ)、救いたまえ、天秤の守り手よーー!」
 足下に敷いた陣が黒く、眩く、輝いた。

 ◆

 ーー今度呼ぶ時は、セイバーで呼んでみせるから。
 そう約束したかつての記憶は、その英霊には残っていない。
「サーヴァント・セイバー、参上致しました。ひとときではありますが、我が剣をマスターに預けましょう」

 ◆

 黒く澱んだ海の底。深く暗い世界で持てる限りの礼装を見に纏ったアズールは紫色の騎士を睨みあげた。
「退いてください。僕は彼女に会わなければいけない!」
「ここから先は誰も通さない。それがマスターの望みだ」
「たとえ叶わなくても、僕は、彼女が――」

 ◆

「……私の願いは、彼女の幸福でした」
 泣いてばかりだった王妃に重なる、泣きもしなかった彼女。
 切り離した意識の数は膨大で、自我というものがひどく希薄で今にも解けて消えそうな出来損ないの繭のようでさえあった。
 顔ばかり似ていてやりづらい、予備のマスター。老人の妄執に絡め囚われた哀れな娘。
 それがただ民のための王国、その歯車の一部として消費された王妃と重なってしまった。
 だから、思ったのだ。願ってしまったのだ。
 彼女にも選択を。彼女自身の足で歩けるように。歩く道を選べるように。
 もう、誰かのための祈りでなく、自分のために祈れるように。
「私のように狂わないように。選択を誤らないように。どんな逆境も生き残れるように。そう、願ったのです」
 ーーその傲慢さこそ、己の間違いだったというのに。
「私はいつも、同じ過ちを繰り返す……!」

 ◆

「セイバーの名に懸け誓いを受ける! 貴殿を我が主として認めよう――!」
「令呪を以って命じます。彼女を、連れ戻せ」


「そう……悪い子ね、セイバー。
 最優の騎士には最狂の戦士をーー来なさい、バーサーカー!」


 ◆

 風は強く吹き付け、前は砂嵐のように見えない。それでも歩みは止められない。元の世界に帰るために、先輩の命を無駄にしないために。
 淡く発光した白い扉に手をかける。これを開ければ、大変なことが起こると知っている。足元には黒い澱がぼこぼこと泡を吹き出しながら溢れ出る時を待っていた。
 振り返れば黒い泥が炎を上げながら古城へと浸食している。燃え落ちる城はここからだとよく見えた。
 天は血を吹いたように赤く、ぼたぼたと涎のように泥が滴り落ちていた。
 きっと、地獄とはこのような姿をしているのだろう。
 魔力の無い監督生でも、おぞましい何かが蠢いているということはわかっていた。
 マブと呼んでくれた彼や淡い恋をした彼を切り捨てることになるとしても、それでも監督生は家に帰りたかった。
 帰りたくて、帰りたくて仕方がない。
 ーーもうどこに帰ればいいのかすら思い出せないというのに。
 ただただ帰りたい。もはや強迫観念のようにこびりついた「帰りたい」という思想だけが彼女の原動力だった。
 ギィ、と音を立てて開いた先は、まばゆい光が差している。
 不意に、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。今なら引き返せる。そう言われたような気がしたが、それでも監督生は振り向かなかった。
 門を超えることに恐怖はない。だって、この門は先輩だから。
 だから、迷うことなく一歩を踏み出した。体はそのまま重力に従い下へと落ちていく。
 自分が乖離していくような痛みの中、熱く、焼けるような光に包まれる。
 後悔なんて一つもなかった。
 たとえ、元の世界にも戻れなかったとしても。
 たとえ、儀式のための生贄だったとしても。
 だって、可能性を提示してくれたのは、道を探してくれたのは、先輩だけだったのだから。
 だから監督生(わたし)が後悔なんてする筈ない。
 泥だらけの手だとしても、手を伸ばしてくれたことそのものが嬉しかったのだ。
 でも、それでも。
 監督生は、考えてしまった。
「ーー先輩も、元の世界に帰れるのかな」
 たった一人の同郷の先輩。
 それだけが、監督生は気がかりだった。


20230221


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