マキリの幻蝶 / マキリの娘とねじれた世界
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◇
「オレ様のグルメハンターのカンが言っている……この辺にトリュフのごとき真っ黒なご馳走様が落ちていると!」
お前は豚か、というエースの声も届かないほど夢中で床を探すグリムの姿に、ユウは僅かに不安を抱いた。きっとまた、光を吸い込むほどの黒く禍々しい石を探しているのだろう。
「ユウはグリムがあの石を食べるの、不安?」
「はい。なんだか、あまりにも夢中になり過ぎてるような気がして」
まるで中毒者のようだと、出かかった言葉はすんでのところで飲み下した。
「ふな゛っ! 黒い石みーっけ! グルメハンター・グリム様の鼻は誤魔化せねぇんだゾー!」
「……黒い石だと?」
「いっただっきまーす! は、ふな゛ぁ!?」
ガチン、と硬い音を立ててグリムの鋭い牙が空振った。
「オレ様の石! どこなんだぞ!?」
「拾い食いはダメだよ」
「グルルル、そのこってりとした抗い難い芳しい匂いの石を返せーー! 今のオレ様なんだかミョーに腹が空いてるんふな゛っ!」
ぽっかりと空いた伽藍洞がグリムを見下ろす。グリムの炎と同じ色の瞳にその影が映り込むと、途端にグリムの動きが止まった。一時的に動きを止める魅了の暗示だ。通常の魔法士であればすぐに解呪(レジスト)できる一工程(シングルアクション)の魔術。
それでも、冷静さを欠き空腹と欲求から単純化された思考のグリムにとっては強力な拘束だった。
「……あと、それも」
白く華奢な、簡単に折れそうな腕がグリムへと伸びる。噛みちぎれそうだ。そう思ったことの異常さにグリム自身が気がついた途端、手のひらから落ちる影がグリムの小さな顔を覆いーー
「あっ、お前。また拾い食いしようとしたのか!?」
「すんません、先輩。もう止めるのも馬鹿馬鹿しいっつーか……」
「……おい。この狸、いつもああして黒い石を拾い食いしてるのか?」
「いつもじゃないですけど……もしかして、食事が合ってないんでしょうか。ツナ缶以外は中々食べてくれなくて」
グリムは気がつけば、ユウの腕の中で呆然と話し込むレオナとユウを見上げていた。
ツナ缶を食べても満足できなかった、あの終わらない空腹感はもうない。けれど代わりに、もう体中動かせないというほどの疲労感と、久しぶりにユウが作る温かな食事が食べたいという気持ちが蝋燭の火のように灯った。
20230211
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