マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / マキリの娘とねじれた世界
小咄02


 
 役目は終えた。
 眠らせ、腐らせ、抱いた本人ですら忘れ去ったささやかな願いは三百年という歳月を経てついに彼らの後継者達が叶えてみせた。
 ユスティーツァの系譜は第三魔法をたった一人の家族(おとうと)に。
 マキリの系譜は其の面影(ユスティーツァ)を二度と喪わないために。
 代償として間桐深夜という肉体(うつわ)を失ったけれど、だがそれは瑣末なこと。どのようなカタチであれ私が間桐深夜(わたし)という個体であると認めれば、それは間桐深夜として機能する。「変容」を起源とする以上、落ちた杯の中でも自我は消失することも狂うこともなく染まり、溶け、混ざり合う。
 人の肉体という一定のカタチを持ちつつ、本質として不定形なのだ。
 けれど、私は確かに魂の容れ物を自ら壊し、存在することを放棄した。永遠の夢に沈むことを受け入れた。だから、もはや間桐深夜は存在しない。
 しないはずだった。
 ーーけれど、それならどうしてまだ自分があるのだろう。
 深夜は暗い空間で瞬きをした。肉を動かした実感が間違いなくあった。思考も間桐深夜と地続きのまま。人の肉体を失い焼き切れたはずの魔術回路も生きている。生きている実感があった。手放したはずの個体という意識も問題なくある。霧散させようにも行き場がなかった。
 つまり、肉体(容れ物)があるということだ。
 生き延びたことには意味がある。
 生き延びたからには意味がある。
 閉ざした門の先で新たに生まれ落ちたわたしに残されたコト。
 ああ、そうかと納得した。やり残したこと。
 それすなわちーー
「そう。今度こそ、聖杯(あな)を完成させろ(開けろ)というのね」



ーー汝の魂のカタチは、イグニハイド。


「兄さん、あの新入生少し変なんだ。魔法がかかってるみたいなんだけど、カメラだと検知できなくて。暗示の類いだと思うから接触しても良い?」
「オルトの目すら騙す暗示!? 絶対やばい奴でしょそんなのダメだよ」


「ーー、」
 唖然とした。それは、悼ましいまでに呪いが詰められた人形のようだった。逃げ出したくなるほどの無垢な呪い。
「はじめまして、新入生のマトウです」
 呪いに精通したシュラウドの者だから一目で理解した。
 これは未知の穢れである。
  ーー数多を殺す呪いだと。
 これは既知の呪いである。
  ーー亡失の祈りの果てだと。
「うわ、見てるだけで気分悪くなりそう……」
「兄さん、それは初対面の交流としてはマイナスの応答だね」


「君の願いって……その、やっぱり帰りたい、とか?」
「帰りませんよ。私はここに残ります」


「私の身体(容れ物)、溶けて残ってないもの」
「必死に飛んで、門を閉じたところまでは覚えてるけれど……その時にはもう剥き出しの魂を無理やり使い魔に押し込んでたから」
「今使っているこの身体、本当に生きてるんでしょうか」


「万能の願望機。あらゆる願いを成就させる奇跡の具現。その召喚儀式こそ、聖杯戦争」
「何、君も永遠を求めた口?」
 違う、そうではない。同じ一日を繰り返すだけのことに意味はない。停滞とは緩やかな衰退だ。
「いいえ。私は……」
 そこで思い至った答えに、ああ、これでは人のことを言えないと苦笑がこぼれた。
「私はきっと、二度とあの貌の死に顔を、見たくなかったのです」
 間桐深夜の記憶にはゾォルケンを名乗っていた男の記憶が息づいている。
 マキリという男が自分も分からないうちに落としてしまった嘆き。後生大事に抱えたまま、抱えたことも忘れてしまった悲しい祈り。届かないはずのそれから生まれたのが間桐深夜という人形だったから。
「……何だよ、それ。それじゃあ、君はずっと、他人の祈りのために命を賭してきたようなものじゃないか」


「聖杯を使えばオルト≠取り戻せます。私は心臓に大聖杯を埋め込まれた、天の杯の模造品。地の杯にも成りきれない、言わば贋の杯。けれど……その性能は本物と変わらない」
「魔術回路の拡張をすればそれだけのリソースは得られる」
「そんな方法賛同できるわけないだろ!」
「本来、魂にあった器でないと不具合を起こします。人の身で活動している魂を芋虫に入れたところで狂い死んでしまうのは明白でしょう? けれど「変容」を起源とする私であればそれができる」
「何が万能だ……欠陥だらけじゃないか! そんな方法、僕は絶対に認めない!」


「先輩。一つ、嘘をついていました」
「何、こんな時に」
「私の願い。いつかの答え、あれは嘘でした」
「空に開いた孔こそが私の本性(ユメ)」
「私の願いは聖杯の完成。全人類の死をもって救済とする、呪いの杯です。人は強欲で傲慢だ。彼らに悪性がある限り、いくら次の位相にシフトしたところで、争いのない世界なんてできるわけがなかったのです」


「冥界神の嫁取り神話、知ってるかな。大地の裂け目にいた女神を冥府に引きずり込むって話」
「僕らは既成概念に抵抗する人種だけどさ、概念て案外馬鹿にできないんだよ。そう在れと願われたものは願われた場所への指向性を持つ」
「あとはわかるだろ? 僕は冥府の番人。イベント風に言うなら特攻持ちだ。君が天を目指し羽ばたくモノなら僕の国(冥府)へ落とせばいい。そうーーかつて、冥界神が春の乙女を拐ったように」



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イベント限定特攻サーヴァント
 イデア・シュラウド(アーチャー)
という幻覚でした。


20230203

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