マキリの幻蝶 / Fate/fall butterfly
scene15
◇
ごうごうと風が鳴る。濃密な魔力と呪い、祝福が混じり合って霊脈がおぞましいほどに脈打つ鼓動が聞こえる。視界もぐちゃぐちゃにかき回した水面から反射した世界を覗くようにめちゃくちゃだ。
それでも一つだけ、はっきりと感じるものがあった。
白い装束の少女が奇跡を起こす杯の生贄(かぎ)となるべく中心へと進む。
それは初めて見るものではあったが、繰り返し見てきた事だった。間桐深夜の奥底に刻まれた光景によく似ている、置き去りにしたことすら忘れた誰かの後悔。
けれど今度は、かつての路を開くためではなく。
開かれた扉を閉ざすために彼女は進む。
ーー閉じるだけであれば。
風に逆らうように、もう動かないというのに必死に一歩を踏み出そうとして手を伸ばす少年を見上げる。
前にいるのは白い礼装の少女だ。彼と何事かを交し、やがて満足したように笑うと中心へと進んで行く。
それを見て、血濡れた祭壇を、濡れた魔術式が蘇る。思い出したのは自分が拾い上げた最初の嘆き(祈り)だ。
やらなくてはいけないことの為に、剥き出しに近い魂が励起する。霧散しない為の体はからっぽであまりにも軽く、ともすれば吹き飛んでしまいそうだった。
ーーもっと飛べるモノが必要だ。
願いに従い器が姿を変える。人の身とは異なるカタチへと変貌する。
遠くは願わない。少しだけで良い。代わりに扉へ手をかける一歩分の翅がいる。翅を一度動かすための魔力(いのち)がいる。
魂が燃えるような熱が残り僅かな蟲の器を覆う。
この世に留まれない剥き出しの魂は物質界から霧散する。その時に生じる僅かなエネルギーを推力へ転換させた飛翔だった。
前へと飛ぶ。翅を動かす度に外装が崩れ霧散しそうになる。それでも動けるのは変容という起源に由来する特性のためだ。どれだけ形が変わっても、損なわれても、間桐深夜という記録はその最後の一粒になるまで動き続ける。
そう、あと少し。あと少しだけ翔べたらもう良い。
これはずっと「私」が望んでいた夢だった。「私」が選びたかった未来だった。全て、こうしたかったと願っていた誰かからの借り物だけど。
羽ばたく毎に霧散しつつある魂を見る少女の眼差しは、まるでここにいる事を咎めているような、役目を奪うなと責めているようだ。
……それでもこれは譲れない。
何が、というのももうわからない。千々にちぎれた間桐深夜の一欠片に、そのような余分は残されていない。
だから、一つだけ残された意思のまま、そっと彼女の荷物を受け取った。
どうか、どうか。
貴女に少しでも多くの幸せが、
春に舞う花びらのように、
夏にさざめく波のように、
秋に歌うさえずりのように、
冬にそそぐ木漏れ日のように、
たくさんたくさん、降り積もりますように。
「ーー」
赤い目が驚愕に見開かれる。
顔も知らない、誰かによく似た小さな少女。触れた先から解けていく手の向こう、ようやく彼女の名を叫んだ少年が、彼女を手繰り寄せる。
それを見届けてから、色々なものから手を放した。
乾いた泥が剥がれ落ちるように。割れた蛹から中身がこぼれるように。
ーーああ、よかった。
やっと肩の荷が降りたというようにもう残っていない全身に安堵が広がる。
よかった。本当によかった。「私」でやっと成し遂げた。
深い充足感に満たされながら、そうして私は光に包まれた。同時に引き受けたモノの重さに耐えきれず、精神(なかみ)は簡単に押しつぶされた。意識も自我も細切れに、千々に弾けて魔力に溶ける。
そうだ、彼(わたし)は、きっとーー
その遥か頭上で、ぱたんと小さく音がした。
「Fate/fall butterfly」END
20230104
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