マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / Fate/fall butterfly
scene14



 崩落した岩と抉れた地面が戦闘の激しさを物語っている。焼けた地面は未だ火が燻り、足跡のように点々と続く黒い血痕は燃える灰の明かりを反射させながら洞穴のより深くまで続いていた。
 その痕を辿ると、暗がりの先で鳥ほどに大きな蝶が落ちている。
 脚はもげ、片翅も破れて今にも取れそうだ。外装を取り繕う力もないのか、中に収められたモノは外界へとこぼれ落ちようとしている。今にも元の躯へと戻ろうとするそれを、イリヤスフィールは壊れた硝子細工を手に取るように、冷たい地面からそっと掬い上げた。
「まだ生きてるなんて、随分しぶといのね」
 もはや聞こえてはいないだろう音でイリヤは囁いた。つい先程、同じように矮小で脆弱な身体で這い回るだけとなってしまった老人の旅の終わりを見届けてきたばかりだ。だからまだ手のひらに感じる小さな鼓動に安堵を覚える。
 まだ、遺されていると。
 イリヤの手の中で魔力に反応して清かに煌めく青い鱗粉は煤けてもなお美しい。かつて彼女が手を取ることを決めた美しいモノとよく似た輝きは、失われることなく健在だった。
 イリヤは知らなくとも、彼らが最初に掲げた祈りを後継機達(イリヤスフィール)はよく知っている。感情の付随しない記録ではあるが、その理念を、理想を、殉じた彼らの旅路は最後の器であるイリヤスフィールの中にきちんとある。
 今の性能と経験を経たイリヤスフィールなら、理解はできる。きっと、ただ生きていてほしかったのだろう。冬の聖女、ユスティーツァ。蟲と血に染まる男の記憶でただ一つ輝いて見えたのは死か停滞しか残されていない人工の灯火(ホムンクルス)だった。願っても叶わない夢だと理解した上で、男は密やかな夢として祈り、意識の外に放り出しそしてーーその心臓が、魔術式(テンノサカズキ)へとすり潰される瞬間を迎えた。
 ついぞ、口に出すことも叶わなかった祈りを抱えたまま。
 その果てに産み落とされたのが、イリヤの手の中の生命だ。たった一欠片の後悔と置き去りにした惜別から偶然生まれた人造の生命(デザインベビー)。イリヤと同じだが異なる造られたモノ。
「私がアインツベルンの最後の人形なら、あなたは確かにマキリの最後の魔術師ね」
 天のドレスをまとってから削ぎ落とされ続ける感情が僅かに反応する。互いにもう後がないという点でイリヤスフィールと間桐深夜は同じであった。鳶を探していた時とは違う、同情のような憐憫のような同族意識だ。
「最後の同胞であるあなたには見届ける義務がある。妄執に振り回されたあなたには、その権利がある」
 鈴の音のような衣擦れを響かせながら、イリヤスフィールは禍々しい生命力に満ちた祭壇ーー最中(さなか)へ至る中心へと再び足を進めた。あらゆる憎悪、あらゆる苦しみを今度こそ消し去るために。
 少し歩んだ先で半ば崩落した大空洞を眺める。陽炎のように揺らめくアンリマユは、既に桜へ突き立てられた破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)によって収められていた英霊の魔力と共に解き放たれた。
 今は陽炎のように揺らめいているが、いずれ第三魔法により受肉するだろう。
「足りなかったら使わせてもらおうと思っていたけれど、あなたは要らなそうね」
 場へと踏み込んだことで、急速に流れ込んだ膨大な魔力は瞬く間にイリヤスフィールの機能を圧迫し、生命活動を行っていた余力が魔術式としての運用へと切り替わる。いたい、苦しいと叫ぶ声も感覚も削ぎ落とされた。イリヤスフィールが今にも弾けて消えてしまいそうな自我を押さえつけると、代わりに魔術回路へと変じた神経系により力をなくした腕がだらりと下る。先程まで手にしていたモノが濡れた音を立てて地に落ちた。
 それを惜しいと思うことも、考える余地すらもう無かった。
 ーー儀式を。
 胎動する魔力により聖杯は既に起動している。開かれた扉は閉じる手を失い開け放たれたままだ。
 ーーアインツベルン(わたし)の願いを。
 今ならわかる。間桐深夜を生み出した呪い(いのり)を。
 ーーシロウは、死なないよ。


20221231

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