マキリの幻蝶 / Fate/fall butterfly
scene13.5
◆
影の隙間を走り、坂を駆け上がった凛が破裂した光の中から飛び出してくる。その手に鈍く閃くものを目にした桜は、驚きに身を硬直させたまま小さく口を開けて実の姉を見上げていた。
……姉さん。
桜の口が微かに動く。すっかり色の抜け落ちた白髪の上で濃紅のリボンが揺れた。
それを見た凛は「あ」と思う。けれど、飛び出した身体は魔術の分だけ勢いを増す。振り翳した短剣は止まらない。
瞬きよりも早く、凛と桜の間に衝撃が走った。
桜の身体が暖かなものに包まれる。桜へと突き刺さった短剣と凛を串刺しにする影の帯が交錯した。
「相討ち、かぁ」
それぞれの肉体に深く突き刺さったそこから止め処なく溢れる赤いものに、凛は小さく笑った。
直に死という別れが二人を分つとしても、せめてそれまでは孤独に苦しまないように。残り僅かとなった命ではあるけど、これからは一人で耐え続けていた妹の傍にいよう。少なくとも桜が先に息絶えるまではーー「いいえ、姉さん」
すぐ耳元で、目の前の桜が甘く囁いた。
途端、凛の目の前で桜の身体が花弁を散らすように崩れ消える。無数の魔力の花吹雪の中から、やがて翅が
がれた蝶がひらりと舞った。
「ぁーー」
重力に従い落ちるそれを影の触手で受け止めた桜は、どこか甘えるように頬擦りをして「お姉様」と青い翅の虫へと声をかける。
「やっぱり……私を助けてくれるのは、お姉様なんですね」
そうして、手のひらに横たわる変わり果てた従姉(あね)を、大切に仕舞うように自身の影へと落とした。
「少し休んでいてください。すぐに、新しい身体(いれもの)にして差し上げますから」
薄れゆく意識の中、凛の目に鮮やかさを増した桜の赤い瞳が燦々と輝くのが見える。そこでやっと、凛は「ドジったな」と自嘲した。
ひたひたと這い上がる影は凛の足をよじ登り、その視線をどんどんと下げていく。あっという間に見上げるほどの高さになった桜の白い髪から、赤いリボンが滑り落ちた。
「遠坂(ねえ)さんは邪魔ですけど、殺してなんかあげません。そこで先輩と見ていてください。マキリの杯が、満たされるところを」
そう美しく微笑った桜は、黒く染め上げられた正装(ドレス)を身に纏っている。
「ぁ……さ、く」
「でも、先輩が来るまではーー私がされたのと同じコト、特別に体験させてあげます」
黒い炎で燃え上がる柱はまるで、満開の桜にも、なみなみと注がれる盃にも見えた。
「ああ、そうだ……先輩が来たら、すぐ傍で手を握ってあげてくださいねって、お願いしてあげますね」
ーーIF END
「根に至る杯」
20221214
書き終わってから「いやこりゃBADENDじゃねーか」と正気に戻りました。
根…根の国、根源、どちらとも。
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