マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / Fate/fall butterfly
interlude X




interlude X

「嬉しいわ、姉さん。来てくれたんですね」
 祭壇の中心、黒い太陽を背にした間桐桜がうっそりと微笑む。その無尽蔵とも呼べる禍々しい魔力の質量に圧倒されるが、そのことをおくびにも出さず凛は澄ました顔で優雅に口角を上げた。
「せっかく招待されたんだから当然でしょ。……でも、珍しい。いつもいる保護者はいないのね。弱虫なんだから、すぐ近くにいないと困るんじゃない?」
「っ……お姉さまにはイリヤさんを捕まえ(おつかい)に行ってもらったんです。それにお爺さまだってもういません。だって、邪魔でしたから」
「そう。ーー人殺しには、もう慣れた?」
「……ええ。私、強くなりましたから」
「そ。士郎も殺すの? まだあんたを信じて、馬鹿みたいに自分を傷つけながら乗り込んで来たけど」
「はい。殺します。だって、私が殺してしまいたいのはあの人だけなんです。あの人だけをーー」
 ……早く、食べてしまいたい。
 そう声もなく呟くと、桜は泣きそうな顔で微笑んだ。
 その異様な姿に、もはや正気ではないと凛は思った。
 凛の知る間桐桜(いもうと)はもう居らず、ここに居るのは積み重なった悪意に潰された末、魔に堕ちた狂った魔術師だ。おそらく慎二を殺し、臓硯までも殺したことで箍が外れたのだろう。この様子では深夜を殺すのも時間の問題に思えた。
「なんだ。とっくに人間辞めてたのね」
 凛は静かに目を伏せ、
「じゃあ、手加減なんてしなくていいわね」
 背に隠した宝石剣を取り出した。
 魔力を通した宝石剣はその名の通りの輝きを増し、暗闇を照らす。桜の影とは正反対の輝かしく美しい魔術。
「遠坂の宝石剣(ゼルレッチ)……姉さん、先輩を利用し(つかっ)たんですね」
 七色に輝く宝石のつるぎを見た桜の目が見開かれる。その顔色が明確に変わったのを見て、凛は口角を上げた。
 ……なんだ、最低限のことは教えてもらってるんじゃない。日の届かない墓穴のような場所で陵辱されるだけではなかったのだ。点を点として認識できている。少なくとも、衛宮士郎が使う魔術と遠坂の秘宝については知っている。
「よかった、それくらいは知ってるのね。安心したわ」
 ーー一方的に、嬲り殺すことにならなくて。
「っ、余裕ぶってるのも今のうちです! erzahlt(声は遠くに)Mein Schatten nimmt Sie(私の足は緑を覆う)……!」
 桜は叫ぶように魔力を汲み上げると、凛目がけて影の波を起こした。影の波は幾つもの塊へ分かれ、巨身へと変じる。それらは手を伸ばし凛を囲うように円を描いた。
 宝石剣から放たれる黄金の一閃を避け、影の巨人が踊るようにくるくると回る。続けて二閃、三閃と光が振るわれ、影を薙ぎ払う。
「姉さんが間桐邸(うち)で何を見たのかは想像がつきますけど、私だってただ蟲に犯されてただけじゃないんです」
 影の巨人が湧くように浮き立つ。桜を守るように立ち上がる巨身は、その一つ一つが英霊の宝具に匹敵する。
 魔術師としては積み重ねた修行の量は凛に軍配が上がる。けれど、凛と桜の一度の魔力放出量は変わらない。今の桜はアンリマユと繋がっていることで、聖杯から無尽蔵に魔力を引き出せた。アンリマユさえいれば桜は強い桜でいられる。それは凛すらも凌ぐだろう。
 だからーー
「この力は渡しません。姉さんにあげるのは後悔と絶望だけ。誰にも助けてもらえないまま、湖に落ちた虫みたいに、天の杯(このわたし)に溺れなさい」
 影が躍る。凛はそれを切り裂くと、崖の上に立つ桜を見上げた。爆風に靡く髪には桜色のリボンが揺れている。
 遠坂だった桜の本当の姉として、助けてあげたかった。生存の道があるのなら、士郎に言われずとも、自分はきっと桜に聖杯を使ったと思う。
 それでも凛は姉である以前に魔術師である遠坂家の当主であり、冬木のオーナーだった。
「確実にあんたを殺す。ええ、殺せますとも。だから……桜」
 そのあまりにも優しい声に、桜はまだ遠坂と名乗っていた頃をふと思い出した。
 意識が過去に飛ぶ。その瞬間を見逃さなかった凛は、七色に輝く宝石剣を黒い影が飛び交う宙へと放り投げーー
「ーーWelt(事象), Ende(崩壊)」
 間桐桜を殺すための、最後の魔術を唱えた。


interlude out



20221205


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