マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / マキリの娘とねじれた世界
1-7



「ああ、ああ……!」
 アズールの絶叫がラウンジに響き渡った。絶望に満ちた声に何事かと振り返る学生達の目に、金色の塵をかき集めて崩れ落ちるアズールと、それを見下ろすレオナとラギーの姿が映る。
「なんてことをしてくれたんだ!! こつこつ集めたコレクションが! 僕の万能の力が……! もう全てがパァだ!! あれが無くなったら僕は……僕はまた、グズでノロマなタコに逆戻りじゃないか! そんなのは嫌だ、いやだ、いやだ、いやだ!!」
 砂になった契約書を見たアズールが叫ぶたびに口から黒い血のような液体がこぼれ落ち、服の裾からは可視化されるほどに凝縮された魔力が滲み出る。それはオーラのように立ち上り、アズールを取り囲んでいく。
 その異様な光景にレオナは目を瞠り「まさか」と呟いた。身体中から滲むように噴き出る黒い魔力には、嫌というほど覚えがあった。なにせ、自身もつい最近経験しているのだから。
「レオナさんが面倒がって全部塵にするからッスよ! アズールくーん。ほ、ほら、ちょっと落ち着こ、ねっ!」
「うるせ~~! お前らに僕の気持ちなんかわかるもんか! グズでノロマなタコ野郎と馬鹿にされてきた僕のことなんか、お前たちにわかるはずない!」
 黒い魔力はふつふつと泡立つようにアズールの影からも湧き上がり、形を成すように纏わりついていく。
 そこへ、しんとした夜の空気を伝う水音のような声が耳を打つ。
「アズール!」
 黒いオーラに包まれるアズールの後ろから靴音を響かせて深夜が現れた。その背後にはユウもいる。
 二人とも惨状を目にすると周囲を取り囲む多くの生徒達のように足を止めた。不安気にレオナとアズールを見比べる黒曜に対し、深海のような昏い瞳は赤く炯々と光りレオナとラギーを射抜く。
「あぁ……シンヤ!」
 己の味方が現れたことに気がついたアズールは首だけを動かし深夜を見た。血走った青灰色の目は動揺と興奮に揺れ焦点が定まらない。
「僕の、僕の契約書が……!! あれが無いと……もう昔の僕に戻るのは嫌だ……!」
 何重にも見えるアズール最後の持ち札へ縋るように手を伸ばし、ずるりずるりと影を引き摺りながら床を這う。もはや影と一体となった黒い魔力はこぼした洋墨のように絨毯を染めながら、アズールの動きと同期するようにぬるりと浮き上がり、数多の小さな手となって深夜へと伸びた。
「アズール、これは……ユウ、できるだけ後ろに下がって。アズールから見えないところまでーー」
「シンヤ、シンヤ……! 助けてくださいよ、あの時のように……! 君ならできるでしょう!?」
 異様な姿に怯えを見せたユウを後ろ手で押す。そのまま一歩踏み出すと、波打つ黒い魔力の中で膝をついた。
「アズール、」
 手を取ると、合わさった肌の間から魔力が滲み出て床へと垂れ落ちる。黒い魔力はびちゃびちゃと水音を立てて深夜とアズールの手を汚した。
「大丈夫だよ、アズール。契約書ならまたーー集めればいいでしょう?」
 赤い稲妻が走る虹彩に魔力が灯る。青褪めた顔に、花のような笑みが浮かんだ。それが魅了(チャーム)だと気付いた瞬間、レオナは防衛魔法を展開しながらマジカルペンを構えていた。
 ざわりと魔力が震える。
「ぁーー」
 間近で直視したアズールの動きが止まる。同時に、広がり続けていた黒い魔力の侵蝕も、レオナを含めた周囲の生徒も。毒を受けたように、微笑みを視た者は身体の自由を失った。
「ッ……!」
 アズールに向けられていた視線がレオナへと滑る。マジカルペンを構えたまま硬直していたレオナは、途端に崩れるように膝をついた。睨むように床へと落ちた視線は焦点が合わず、体は小刻みに震えている。
 手のひらから失われていく熱に呪詛を放たれたと察する。魔力操作を阻害するもので、初めから魅了(チャーム)は囮だったのだろう。
 防衛魔法を得意とする己の無効化(レジスト)が間に合わなかったことに、忌まわしげに舌を打つ。
「えっ……な、なに……どうしたんスか!?」
 レオナの影にいたことで魅了(チャーム)の効果を免れたラギーが、突然様子が変わったレオナに怯えを滲ませた顔で近づく。それをレオナは喉から声を絞り出すようにして止めた。
「くる、な」
「レ、レオナさん……?」
「っ……逃げろ!!」

「ーーふ、ふふふ。ええ、そうだ。そうですね、」
 無くなったなら、また奪えばいいんだ。




20220929

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