マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / マキリの娘とねじれた世界
1-5



 結果として、ユウと引き離されたグリムと同罪としてリドルから三日間寮出禁を言い渡されたエースとデュースは、ジャックがいるサバナクローに部屋を借りることとなった。
 当初、下調べもせずアズールと契約した彼らを鼻で笑っていたレオナだが、契約破棄の騒動とユウが人質として取られていることを聞くと、一転、何か考え込むような顔をして二人と一匹に寮への滞在を許すことにした。
 このあまりにも素直すぎる一年達と魔獣を使えば、もしかしたら労さずしてアズールの弱みを握れるかもしれない。
 だから普段のレオナにしては珍しく丁寧に助言をした。
 行動を起こせと言えば、考えもなしに海に行く。アズールの言ったこと全てを信じ込む。レオナやラギーから見たら素直を通り越して間抜けにすら思えたが、下々を巧く導くことも上に立つ者の務めである。
「特別な契約書がある限り、アイツとの契約は継続する。願いを叶えること≠サのものが取引だ。だから対価として盗られたモンは永遠に戻って来ない」
 なぜなら受け取った代わりに願いを叶えたから。商品の代金を返す商人なんているわけがない。
 だからアズールに勝つ一番の方法は契約しないこと≠サれに限る。
「いいかお前ら、もっと頭を捻って考えろ。自分より強い奴を仕留めるために頭(ここ)があるんだろ」
「……契約は契約書に縛られてる。ってことは、契約書を破っちまえばいいってことっすか!?」
 閃いたとばかりに手を叩いたエースに、レオナは満足気に頷いた。
「どんな魔法にも弱点はある。お前が受けた魔法を封じるユニーク魔法だって、一見無敵だが、穴はあっただろ。どれほど優秀な魔法士でも、魔法は無限に使えない。絶対に破れない契約書なんて、それこそ絶対に≠り得ないんだよ」
 
「じゃ、キミ達はごゆっくり」
「レオナ先輩、ラギー先輩、ありがとうございました!」
 デュースが深々と頭を下げる。まるで総長の見送りだ。本人は否定するが、デュースは時折ヤンキー時代の仕草が出る。
 その横でジャックが見送りのために席を立った。それを手で制したレオナは、ふと思い出したように振り返った。
「おい、タコ野郎の側に根暗でひょろいチビがいなかったか」
 先輩に対して失礼な話ではあるが、根暗でひょろいチビと聞いて思い浮かぶのは一人だ。
「もしかして、シンヤくんのことっスか?」
 洗濯物を抱えたラギーが答えたが、合っているのかいないのか、レオナは首を傾げた。
「あ? 名前なんざ覚えてねぇよ」
「ユウが妙に懐いてる先輩だよな。オレ様ちょっぴり苦手なんだゾ」
 夜更けの海に似た濃紺を思い出し、グリムが野菜を食べた時のような顔をした。同じく魔法で強制退場させられたエースとデュースも顔を歪める。
 基本的な魔法を封じられた訳でもないのに、魔法をかけられた時に手も足も出なかった。油断していた以上に、前に立った時に浴びせられるあの眼差しが、墓穴や森の暗がりといった恐ろしいものの概念を煮詰めて眼孔に垂らしたような、得体の知れない恐れを抱かせる。
「いいか、今回何があってもアイツには関わるな」
「そうは言っても、ユウがオクタヴィネルにいる時いつもカルガモみたいに後ろ引っ付いてますけど」
 もしかしたら人外感の強い、クセのあるタイプに惹かれやすいのかとエースは思う。知らないうちに交流を深めていたという、ディアソムニアのマレウス・ドラコニアの例もあった。
 寮生の大半を人魚が占めるオクタヴィネルは頓にその傾向だ。
「リーチ兄弟はともかくとして、シンヤくんはあの中じゃ事務方ッスよ。そこまで警戒する必要あります?」
 一人きょとんとするラギーは深夜のクラスメイトだ。見た目の近づき難さを考慮しなければ、普段の温厚さは学園一だと思っている。食べられる草と虫の造詣が深く聞けば教えてくれる辺りが、ラギーの中では好印象だった。
「毒虫と分かってて近づくなんざ、バカのすることだ。……おい、ラギーお前もだ」
「えっ、オレも!? 一応友達? なんスけど」

 
20220907

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