マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / Fate/fall butterfly
scene12


 
十五日目
 二月十四日 祭壇


「イリヤスフィールはいいんですか?」
 セイバーが来訪者を持て成しに向かう背を見送って、桜は肩で翅を休める叔母だった残滓達へと語りかけた。張り巡らせた影は彼らとは違う場所からの侵入を感知している。
「ええ、そっちは気にしなくて大丈夫」
 魔力反応で仄青い妖光を纏う虫達は声に応えるように、影から立ち上りやがて一塊になると、爬虫類が擬態するように間桐深夜の姿へと変容した。
 止めたところで、正装を奪ったところで、イリヤスフィールは必ず大空洞へと現れるだろう。今回が最後の聖杯戦争と定めたアインツベルンの娘に後はない。同胞たちの嘆きの上に立つ彼女はそれを振り払うことなどできないし、此度を最後とユーブスタクハイトが定めたため、聖杯戦争のために鋳造されたイリヤスフィールは本城を出てからの稼働想定の残り時間が少なかった。
 だから必ず、イリヤスフィールはここに現れる。衛宮切嗣と同じことをするために、けれどそれは家族を救うために。
 今残るマスターとサーヴァントは三組。
 間桐桜とアンリマユ、衛宮士郎とライダー、そして誰とも契約できない仮想の英霊(間桐深夜)だ。
 
 
+
 

「私は構わないが、お前はそれで良いのか?」
 今更の問いを、イリヤスフィールは黙殺した。
 途中で待ち構えていた言峰を連れ立って大空洞への道を進む。
 冬木の聖杯は開いてはならない。もしかしたら、敷設した場所も悪かったのかもしれない。こんな極東の小さな島国なんて、魔術協会からも聖堂教会からも手が伸びにくい辺境だったから選んだだけで、アインツベルンにとっては使い捨ての実験場に過ぎない。
 その中でもアオザキの管理地に次ぐ霊地で都合が良かったのが遠坂の土地だけだったから。そうして選んだ場所は、龍が棲むとされる山の地下にある大空洞で、すり鉢状の場は巨大な龍の胃袋を模していた。
 協会がある本国の土地のように竜が眠っているわけではないが、神秘を手繰るモノには相応しい曰く付きの霊地だ。けれど、天へ伸ばそうする手は地下へと伸びている。人類が次に進むべき宙ではなく、深く暗い、根の国へ。
 秘匿という点では間違いないが、そもそもそんな異界に救いを求める陣を敷き、祭壇とすることが間違いだったのだろう。堅く閉ざされた天蓋は立ち上る黒い炎で焦がされ、空気はこれから誕生を待つ呪いへの喜びに満ち、願った救いとは真逆の様相だった。
 こうなったのが身から出た錆とは言え、きっとアインツベルンが失敗せずとも、遅かれ早かれ儀式は破綻していた。
 イリヤスフィールは門を開けて、第三魔法を行使する。それだけしか命じられていない。せっかく開いた門を閉じろとは言わなかった。その通りだ。アインツベルンにとって、辺鄙な島国がどうなろうと知ったことではない。
 それなのに今、イリヤスフィールは切嗣と同じことをしようとしている。聖杯を閉じるためだが、その結果は切嗣とは違う。家族を切り捨てるのではなく、家族を助けるために。伸ばされた手を取るために。
 切嗣のように大勢の救済に挑むほど、イリヤの手は大きくない。掴む手はたった一人でいい。イリヤが伸ばさないと取りこぼされてしまう弟だけで。
 シロウはサクラをアンリマユから切り離せればよい。サクラも、イリヤが門さえ閉じればミヤを使わなくて済むからよい。アインツベルンは今回で最後と定めたから、ユスティーツァの面影を喪う必要は今回までだ。リンはお土産(宝石剣)が出来たのだからそれで満足してもらおう。
 ほら、イリヤが閉じればそれで万事解決。これでいいじゃないか。それなのに、イリヤスフィールの前には間桐深夜が立ち塞がるようにしている。
 身に纏うのは黒い礼装だ。人間が触れれば黄金に還る衣はそのままのカタチを保ったまま、礼装として機能している。間桐深夜はもはや人間ではなかった。
 イリヤスフィールはどうしてと言いたげに、機能を失った顔を女へと向けた。イリヤには、間桐深夜がそこまでして聖杯の器(イリヤ)を生かそうとするのかがわからなかった。特段関わり合いがあったわけでもない。ただ三百年前の同胞にして仇敵の後継機という共通事項だけの関係で聖杯戦争においては敵同士だ。イリヤは後継機であってユスティーツァそのものではない。
「後悔を終わらせるために。そこに報いがなくとも、もはや気付きもしないで忘れ去ったものだとしても」
 何度も繰り返される。聖杯を求めるたびに冬の娘は何度も喪われる。男が共にした聖杯は一人だけだが、それでも娘を基にした同じ鋳型の人形が壊れていく。それをただ見送るだけの戦いだった。込み上げるものを容認せず、理想に殉じ、男はやがて原初の祈りを忘れたけれど。
「三百年の祈りに終止符を。そのために私は聖杯を獲る」


20220807

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