マキリの幻蝶 / Fate/Another zero
01
第四次聖杯戦争、その終盤。自身のサーヴァントがセイバーの剣に貫かれたことを確認し、深夜は雁夜の敗退を蟲を通じて祖父に報告した。蟲から意識を切り離し、雁夜の監視へ付かせる。
小聖杯の人形から、その黄金の輝きが出現するのを深夜は使い魔の蟲からリアルタイムで見ていた。そして、黒く澱んだ泥が溢れる様子も。使い魔越しに視た光景に瞠目し、眼に青い燐光を散らせた。上階の異変に気づいたセイバーが、探るように天井を睨んでいる。
直後、轟音と共に天井に穴が開いた。咄嗟に逃げようと魔力を回した体は僅かに動いたのち、諦めたようにその魔力を散らしていく。
分割し並列化させた思考と特殊な眼による擬似的な未来視は、どうあがいても死を告げていた。その敏捷さで退避したセイバーは、見ているこちらが哀れに思うほど悲壮な表情で深夜を見ている。
消滅間際のサーヴォントが常の狂気を潜め自身に手を伸ばす姿を見ても、深夜は諦めたように目を閉じた。
直後、その身体に、黒泥が降り注いだ。
・・・
泣いている女がいた。
それを見ている男がいた。
顔を上げた女の顔は、あまりにも深夜に似ていた。
男は見覚えのあるようで、知らない姿の男だった。
視点はころころと変わり、場面が次々と移り変わっていく。
どこもかしこも白い、壮麗な城。城から出ていく、さめざめと泣く女。髪を振り乱し、狂乱に声を張り上げる男の慟哭。
不貞を許した王を、許せなかった男の怨嗟が耳を焼いた。
魔力が満ちた湖に身を浸らせた男が、じっと見上げてくる。
美しく青い湖光の魔力に当てられて、深夜の瞳が青い燐光を帯びる。
身体に染み渡る魔力が心地よい。まるで身体を侵す泥が流れ出ていくようだった。
ふ、と男が笑みを浮かべた。
「貴方の命が続くことを、その果てに美しく翅を広げる日を迎えることを、私は願っています。―― 」
「なんだ。私の名前、言えるじゃない」
心臓が熱く、鼓動が早まる。
この男は、こんな風に笑っていたのかと――
・・・
目蓋を開いた深夜が見たのは、殆どマナに溶けるサーヴァントだった。
燃え盛る炎と大穴を挟んだ向こうに、呆然と立ち尽くすセイバーが見える。それを隠すように、男の長く波打つ黒髪が深夜の視界を塞いだ。
「――困った御方だ。こんなにも胸をかき乱すのに、その貌以外何一つ似ていない」
精悍だったことがわかる、草臥れた男の顔が至近距離で深夜を見下ろしている。
「私は、王妃じゃない」
「ええ、初めから気付いていました。それでも、どうやら私はその貌に弱いようだ」
観念したように眉を下げたサーヴァントが、もはや実体のない手で深夜の頬を撫でた。
命を燃やし尽くした雁夜の代わりとして、回路は深夜に繋がっている。本来なら深夜も魔力を吸い上げられているはずだが、自身を抱えるサーヴァントは、魔力不足で消滅しかけているというのに、自ら回路を切断していた。
「王妃によく似た美しいマスター。あなたの身に私を刻んだ無礼は、決して赦さないでください。その生が続き、笑顔と幸福があることを祈って――」
空気が唇に触れるような、軽い感触を残して男の残滓が消える。
火災に反応した消火栓が起動し、水が降り注ぐ。
熱気で温くなった水を浴びながら、深夜はしばし眼を閉ざした。
「……酷い男」
そう呟いて、退避するべく全身に魔力を回す。
胎の奥底に満ちる力がどくりと脈打った。
「NORMAL END ?? 湖光を宿す繭」
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