マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / Fate/fall butterfly
scene03

七 日 目
 二月六日


 キャスターの頭上で火球が展開すると同時に、街から灯りが消える。臓硯達がいる公園も夜の影に飲まれたような暗闇に包まれた。
 肉のない身体に集り、身の内でも絶えずざわめく蟲の声はしんと静まり返っている。その異常にいち早く気がついた臓硯が辺りを探ると、一つの濃密な魔力の塊が現れたことに気がついた。「あり得ぬーー」口を衝いて出たのはそんな言葉だ。
 雨上がりの湿った冷たい空気が凍りつく。音さえも消えたような錯覚。縫い付けられた視線の先には、いるはずのない、蜃気楼にも似た影が佇んでいた。
「ーーまさか。あり得ぬ。あり得ぬわ!」
 それはあってはならないものだった。生じるはずのない、予定にはないモノ。そこだけインクで黒く塗りつぶしたような、テクスチャが剥がれたようなのっぺりとした黒い影。
 アーチャーが驚愕に息を飲む。若いマスター二人も、それの気味の悪さと悍ましさに総毛立った。怖い。逃げようとする心とは裏腹に、身体は恐怖で硬直して動かない。危険な老魔術師への恐怖とは違う恐ろしさに、背中も手のひらもぐっしょりと濡れている。
「とおさか。あれ、あれは、なんだ?」
 少年が凍りついた口を動かす。けれど傍の魔術師からの答えはなかった。
 広げた裾をベールのように揺らしながら黒い影が動く。薄青く光る蝶を供として連れたそれは、白昼夢に見る葬列にも、悪夢の海に揺蕩う幽霊水母のようにも見えた。
 ゆらゆら。
 ひらひら。
 ひたひた。
 黒い影と青い蝶の行進が迫る。
 弄くり回され、臓硯の操り人形となっていたキャスターの遺体は突如絶叫した。
「aa、aaaaaーー!!」
 音すら黒く塗りつぶされた世界を金切り声が裂いた。敵対者へと向けられていた照準が黒い影へと変わる。使い魔と言えど、素体は神代の魔術師だ。意思がありさえすれば、西暦以後の魔術師である臓硯の支配を振り切ることなど、本来は造作もなかったのだろう。臓硯が止める間も無く放たれた火球は黒と赤のストライプを模した影を翻し、奥に広がる異次元の空間に吸い込まれていった。
「うそ……虚数、空間……!?」
 それを見た遠坂が信じられないと声を上げる。
「あり得ん。あり得んわ」
 狼狽した臓硯が蟲へと擬態を解きながら後ずさり、公園から離脱した。




20220106

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