マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / Fate/fall butterfly
scene02

五 日 目
 二月四日


「ーー閉じよ。閉じよ。閉じよ」
 唄う声は清かに。剣戟を繰り出す肉体は縦横無尽に。切り傷から飛んだ血は山門前の石階段を濡らし、最も霊脈の太いこの地で、後ろに控える魔術師が魔の力で以って陣を描いていく。
 鉄の打ち合う甲高い響きが夜の闇を打つ。白く浮かぶ月に赤い軌道を描きながら、白刃が振るう腕ごと飛んだ。直後、高所から肉を落とした音と、それに続くように軽い金属音が石畳の下へと消えていった。
「ーーふ、私の負けか」
 毒蝶と気付かずに戯れた時点で、偽りの暗殺者として喚ばれた男の敗北は決まっていた。敗因はいくつかある。薄闇に朧に浮かんだ白い顔を美しいと思ったこと。青く光る目に魔力を流すことを許したこと。最後に、今尚続くその詠唱を止めなかったこと。
「ーー抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」
 赤い唇が言祝ぐように詠唱を締めた。
 白く照らされた尊い美しさのある顔とはまた異なる、老若男女問わず魅了する男の妖しげな美しい顔は色を失い、白蝋のようだった。喉を迫り上がる血で口元を染めた男は、既に無い腕を月光に照らされた花の顔(かんばせ)へと伸ばす。
 高嶺の花とも違く、魔女のそれとも違う花。
 夜に溶ける宵の色をした髪に、青く、赤く、魔力が迸る神秘の眼は美しかった。できれば、月明かりの下ではなく、柔らかな日差しの下で眺めたい。その時に味わう酒は、きっとさぞかし美味いことだろう。
「冥土の土産に、名も教えてはくれぬのか」
 揶揄うような声音だった。さぞや名のある英霊だろうと、最優のサーヴァントらしい剣捌きを見せた少女騎士へと目を向ける。
「名乗れる名はない。あなたと同じ、いえ、私は自分で掴み取った能力ですらないものーーただ、押し付けられただけ」
 陣から砂混じりの風が渦を巻いた。
 両手を落とされ、バランスを失った体は崩れ膝を突く。肉を潰す音と共に、内側から殻を割るようにアサシンの腹が裂けた。そこから姿を見せたのは蜘蛛を思わせる長さの奇怪な腕。それがあばらを砕き、肉を破りながら外へと這い出ようとする。
 衝撃に仰向けに倒れたアサシンが呟く。「ーーよもや、蛇蝎魔蠍の類とは」裂かれた腹から血は溢れ出ない。血液から肉片全て、内臓組織そのものをリソースとして、蜘蛛腕の腹、腰、足へと変換されていく。
 それは正規の英霊召喚とは程遠いものだった。
 魔力で構成された肉体は、殆どが使い尽くされもはやただの怨霊と大差ない。かつてのアサシンは涼やかな顔のまま、陣から滲み出した黒い影へと飲み込まれていく。そうして顔が沈むその前に、もう、ろくに姿が見えぬ黒い少女へと口を開いた。
「我が腹より這い出たモノ。ろくな性根ではなかろうーー」
「キーーキキキ、キキッ」
 最期の言葉は、しかし蟲が歯を鳴らすような笑い声にかき消された。
 風雅な出で立ちの偽りのアサシンから産まれた、白い面の黒い虫に似た男ーー真のアサシンは手にした心臓を絞ると、溢れた血ごと口の中へと放り込んだ。
 それを欠けた白い月が嗤うように、黒く塗りつぶした空から見下ろしていた。


20220104

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