マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / Fate/fall butterfly
scene01

四 日 目
 二月三日


 慎二につけた蟲を通してサーヴァントの戦いを眺める。相手は最優(セイバー)のサーヴァントだ。深夜はかつての聖杯戦争で彼女の姿を見ていた。その真名も、宝具の輝きも。高潔な騎士王である彼女は、まかり間違っても民草のいる市中でその宝具を開帳することはないだろう。
 ライダーの俊敏性を生かす狭い路地裏を選んだことは正しい判断だ。けれど、自身のサーヴァントの力量と相手のサーヴァントの力量を測れないうちは、やはり一人で任せるべきではなかったと深夜は思う。
 供給される魔力もない、マスターとしても力不足。魔術を学んでいるとはいえ回路のない彼では、まるで勝負にはならなかった。
「……立てよ。おい、立てよ! 僕の方が弱いみたいじゃないか!」
 令呪の力を使った命令にサーヴァントを縛る呪縛が反応する。魔力は紫電となり周囲にほとばしる。実行されないそれにエラーを起こし魔力が反発をしていた。「立て!」夜の路地裏に慎二の声が響く。その常軌を逸した必死さに、セイバーのマスターが不安に瞳を揺らした。
 やがて立て続けに下される無理な命令に耐えきれず、偽臣の書が音もなく燃え上がる。
「なんでだよ! くそ、消えろ、消えろ!」
 薄紫の炎が本を焼く。魔力の火はそう見えるだけの幻想だ。それを知らない慎二は火を消そうと躍起になって表紙を叩いた。
 偽臣の書が効力を失うと、現世へと止める楔を無くしたライダーも光の粒子を残して空へと解けた。「ぁ……!」喉からは引きつったような声が出た。空に解けたサーヴァントに慎二は膝を突き、呆然と焼けた本とゴミ溜めを見比べる。
 夢想したのは、自身の使い魔(ライダー)が気に食わない男の使い魔(セイバー)を蹂躙する光景だった。どうして上手くいかないのか。素人(衛宮)に負けるはずがないのにと、悔しさと恥ずかしさで視界が滲む。
「お前には荷が勝ち過ぎたな、慎二」
 きちきちと蟲が歯を鳴らす。暗がりから蟲がわらわらと湧き出でて、ヒトの形を成していく。その嗤うような音に慎二が顔を上げると、祖父たる老魔術師が横に現れた。「お爺様……違う、これは」縋るように地面を這う慎二に、臓硯は煩わしいとばかりに杖を地面へ打ちつけた。
「これで間桐は敗退じゃ。残念至極」 ーー否。
「お爺様! 待ってお爺様! 僕が、僕が間桐の魔術師なんだ!」 ーー否。
 血を吐くような虚勢。蟲を通しても見える真実に、深夜は胸が苦しくなった。
「無能はどこまでも無能よなァ」
 なおも縋る慎二に、臓硯は嗤う。長男ではあったが、やはり下の息子よりも劣っていた上の息子の血統では無理だったのだ。代を重ねるごとに回路は減り続けた。気まぐれに作った娘のような奇跡は二度は起きない。
 頭上を飛ぶ蝶は鱗粉を振りまきながら臓硯達を見下ろしている。
「彼奴はお前よりも幼い頃に務めを果たしたが……直系がこれとは。やはり鶴野の血では無理であったな。もはや間桐の血筋は地に落ちた。お前には何一つ期待してはおらぬ」
 今度こそ崩れ落ちた慎二を見遣ると、臓硯の足元で蟲が蠢いた。
「待てよ、待ってくれ!」
 用は済んだとばかりにカタチを崩す臓硯に、成り行きを見守っていた衛宮が叫んだ。「まさか桜にもこんなことをさせているのか!?」疑心に満ちた叫びは飛び立つ蟲共と同じく、夜の空へと吸い込まれていく。辺りには残響する臓硯の笑い声だけが残された。
 ーーサクラ。さくら。桜。
 その響きが意味として繋がった途端、慎二の頭に血が上る。「なんで……」唇がわななき声が震えた。怒りとも悲しみともつかない感情がうずまいて身の内を満たしていく。消えた臓硯の跡を睨み続ける衛宮にも、静観する使い魔にも、簡単に消滅した使い魔にも。全てに苛立ちが募る。
「なんで、あいつの名前が出て来るんだよ……」
 嫡子である自分には間桐の教えを受け継ぐ権利があるのに、臓硯は一度も慎二に間桐の神秘の手解きはしなかった。修練場への立ち入りも許されていない。全ては魔術回路がないからだ。魔道具の作り方も、慎二が閲覧できる限りの蔵書で学んだのだ。
 ……桜が来る前は、叔母たる深夜もよく魔術を見せてくれていたのに。
「僕がいるのに……あんなグズが、魔術なんて知るものか。叔母様の跡を継ぐのは、間桐の教えは僕だけのものだったんだ!」 ーー嘘だ。本当は前から気づいてた。僕には無理だって。でも……
 悲痛な叫びを覆うように、深夜の眼が嘘を剥がしていく。当たり前を享受している深夜では、慎二の嘆きを理解することはできない。それは桜にも言えることだ。
 立ち上がり、ふらふらとその場を後にする慎二の後を追うように、深夜は蟲の器を動かした。



20220104

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