マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / マキリの娘と呪いの世界
01




 東京とは異なる広大な山々の緑の中、深夜は一人佇んでいた。
 四方に放った蟲が呪霊と人間を感知し、彼らの統率者である深夜へとその信号が送られてくる。そして感知した情報を無線で全員へ伝えることが、深夜の今日の任務だった。
 四年制である呪術高等専門学校で年に一度行われる交流会、京都姉妹校交流戦。参加は主に二年と三年になる。二年ともなれば呪術師として訓練し、実務経験も積み戦闘に慣れてきた頃合いだ。だからこれは対呪霊だけでなく、対人戦を想定した演習としての意味合いもあった。呪術師が戦う相手は呪霊ばかりではない。
 そのための二年次からの参加だが、とはいえ、人数合わせで稀に一年も駆り出される。勝負である以上、両校とも可能な限り人数を揃えるためにだ。
 まだ一年である深夜も、本来であれば五条や夏油同様に呪霊を相手とした任務が入る筈だった。ところが交流会参加となっている二年生の一人が、任務中の怪我が原因で急遽不参加となってしまった。初日の団体戦は呪霊の討伐数を競うもの、早く討伐した者勝ちの競争だった。必要不可欠である索敵を得意とするその術師に代わり、指名されたのが深夜である。
「南東、三級相当が二体。校舎方面に逃走中……あら?」
 無線を通じて報告をする。報告以外の声を発した深夜に、無線の先から上級生の心配する言葉が途切れ途切れに届き、しばらくした後に電波が途絶えた。
「京都の先輩方は、随分と仲がよろしいのね」
 森の中、索敵の為単独で動いていた深夜を囲むように現れたのは同じ制服姿の男女だった。
 一日目の団体戦は呪霊狩りだ。獲物が被らない限り、学生同士で戦う必要はない。けれど、今深夜の前に現れた京都校の学生達は各々呪具を携え、攻撃の構えをとっている。異端を見るような眼差しは呪霊と相対した術師のものと変わらない。
「楽屋挨拶が必要だったのかしら」
 蟲を使い魔として操るその術は昆虫操術と名付け提出され、既に術式として登録されている。冥冥の黒鳥操術と似た利便性、隠密力と索敵能力の高さを買われての指名だ。勝負の上で妨害行為は認められている。殺すこと以外はなんでも許されている自由さ。京都校には索敵に長けた術師はいない。だから、手っ取り早い勝ち方は対戦相手の索敵係を潰すこと。
 けれど、京都校の学生達はそれ以上の殺意と敵意をもって深夜の一挙手一投足を注視している。
 地図にも載っていない地方の山奥で呪詛師に幽閉されていた虫の式神使い。それもただ召喚するのではなく、生体死骸問わず生きものを式神に作り替える力を持っている。今は保護され東京都呪術高等専門学校に所属し、呪術を学び始めたばかり。これが深夜の肩書きだ。ーー表向きの。
 木々がさざめくように、深夜の両目が青さを増した。異質な気配を察知した術師の間に緊張が走る。
 強すぎる呪力は、深夜を人と定義づけるには至らなかった。病院での検査結果に改竄の痕が見られたことも大きい。強大な呪霊から呪いを受けているわけでもない、家系も不明。遺伝子検査上、どの家系にも該当しなかった異端の存在。
「間桐深夜。お前はいずれ呪いに転じる危険性がある。よって、ここで死んでもらう」
 ーー呪力が多いとは言え、たかが虫使い一人にそこまでの危険性があるのか。
「大丈夫よ、一瞬で殺してあげるから」
 ーー嬲って甚振って、その澄ました顔二目と見られないようにしてやる。
 五条悟が生まれて以降崩れた均衡の中、これ以上強い力を持った存在が生まれることは時代の逆行の流れを加速させかねない。過去の歴史の中、あまりにも強すぎる力を持つ呪術師が呪いに転じ災いを成した例は数多い。五条が嫌う保守派はそれを危惧していた。
「そう。それが、お爺様方の結論?」
「……それをお前が知る必要は、ない!」
 指向性を持った呪力が放たれる。放たれた術式は本来呪霊を祓うための、相手を確実に殺すためのモノ。肉を潰し骨を断つ力の渦は、けれど深夜に届くことはない。
 深夜が掲げた手の前で呪力が渦を巻く。放たれた呪力は男の術式と相殺され、風が勢いを無くすように無効化されていた。
「器用だな。上が警戒するのもわかる」
「あら、ありがとう。でもーー」
 東京校に属する学生教師術師、皆誰も深夜が非人間ーー呪霊であるとは疑っていなかった。
 だからわざと一人で行動した。
 だからわざと救助に来るにも時間のかかる山深くにまで来た。
 だからわざと、無線を壊した。
 舐められていると憤ってくれたから。深夜という個体を慈しんでくれた、彼らの怒りに応えたかったから。
「ーー血統操作も忘れるほど落ちぶれた烏合共に、私がどうやって後れを取ると言うのかしら!」
 嘲るように顔を歪めた深夜に京都の学生達は一斉に殺気立つ。
 呪術師はその歴史の中で、血統操作を行うことを放棄した。そのことについては深夜は特段思うことは何もない。そも血統操作をするということは、その異能に順応する何百年何千年という時間と重ねるべき代を圧縮することだ。種として繁栄するはずだった未来の前借り行為。それが根源への到達という終着点が決まっている魔術師にとっては些事であっただけの、寿命を縮める愚行である。それを選ばず肉体が異能に順応することを選んだ彼らの選択は決して間違いではない。
 だから、同じように歴史を積み重ねた一族の者として、深夜はここで敗北することも、敗走することもしたくはなかった。
「小手調べは不要です。殺す気で来なさい」


20220314

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