マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / マキリの娘とねじれた世界
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 透かしの硝子は長年の雨風で白く曇り、中世の彫刻が刻まれた柱には蔦が生い茂っている。天井部が半球の建物は鳥籠を思わせ、機能よりも見た目を重視して造られていた。いずれ建て壊され、更地に戻る予定となっている旧温室である。暗く冷たい緑の葉は近寄る者を手招きしているようで、その薄気味の悪さから、ナイトレイブンカレッジ札付きの不良ですら近寄ることを避ける場所だった。
 大昔の嵐により割れた天蓋の穴から入り込んだのだろう。外を覆う蔓性の植物が中へと侵入し、放棄された閉鎖環境で互いの栄養を奪い合いながら成長を重ね、内部で濃い緑を溶かしたような闇を抱いている。
 そこに、花が開くように仄青い光が一つ、二つと現れた。
 蝶のカタチをしたそれらは、闇の中から浮かぶようにして生まれ、無数につどい、死骸に集る蟲達のようにひと塊に集まっていく。
 やがてヒトのカタチを成すと、蠕動するように光が動き、粒子となり暗闇に解けた。
 再び水に墨を落としたような闇が訪れる頃には、そこには一人分の影がーー深夜が現れた。歓迎するかのように暗闇に潜むモノがきちきちと音を立てる。すでに、深夜の手足たる蟲達は学園中に広がっていた。
 校舎の中に、水の中に、森の奥に。
 島に住まう魔力の小さな蟲達は、深夜にとっては格好の素体である。そして神秘を当然のものとする基盤のおかげか、元の世界と比べると魔術行使は酷く容易い。魔法が当然としてあるのだから、自然への干渉も容易となる。ただ一つあげるとするならば、魔力濃度が高いため、刻印蟲が常に活性化していることだけが難点ではあるが。
 深夜がナイトレイヴンカレッジという魔道の学び舎に紛れ込んでから、すでに一年と少しの月日が経つ。
 初めの一年は何事も起きず、平穏であったと言える。
 だが二年目が始まって早々、ハーツラビュルの寮長がオーバーブロットした。その後、続けるようにしてサバナクローの寮長も。
 オーバーブロットで生じたインクの亡霊はいずれも結晶へと姿を変えていることも確認済みである。それらを回収したグリムという魔獣の存在も。
 ブロットの結晶、それも魔力の多い魔法士見習いから溢れたブロットから生成された負の魔石だ。秘めた力は計り知れない。サーヴァント召喚などといった手順を踏まずとも、それらを集めることができるとしたら。
 もしかしたら、この世界でも外側へと孔を開けることができるかもしれない。

「寮は全部で七つ。二度あることは三度ある。さて、次はどこで起きるかな」



20220330

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