マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / Fate/fall butterfly
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− ■ 日



 緻密に描かれた召喚陣(サークル)の上に横たわると、鉄と生臭い粘液の臭いが水気に混じり鼻を突く。もはや嗅ぎ慣れた臭いに気にすることもないが、深夜を見下ろす少年はそうではないようだ。暗闇に溶けるようにして佇む老人の目を気にしつつも、その顔は嫌悪に歪んでいた。
 少年が手にする本を前に掲げる。それを合図に目を閉じれば、肉体に走る回路は活性化し、手を入れすぎた成長の緩やかな肢体に鮮やかな紋様が浮かび上がった。
 質はそれほど。老人の全盛期に比べると遥かに劣る。
 けれど、それは蟲遣いには相応しい美しい紋様だった。
 腐肉を這い回る蟲のように。
 汚泥から翔び立たんと広げた翅のように。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ――」
 励起した回路により、深夜の眼が淡く輝く。
 通常は目に見えぬマナの流れが可視化される。こうなればもう目蓋など意味をなさない。目は閉じれない。世界そのものを視ているような、逃れようのない不快感に胃液が迫り上がる。
「――告げる。汝の身は我が下に。我が命運は汝の剣に」
 普段であれば、意識を分散させ自我を薄く保つことで逃れていた。
 しかし英霊召喚の召喚陣の一部として間桐深夜を機能させるには、繊細な魔力コントロールが必要となる。その為、生体反応(オートマ)ではなく間桐深夜という魔術師の自我(マニュアル)が必要不可欠だった。
 召喚者が正規の魔術師であれば必要のない、余分な工程である。
「誓いをここに。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者」
 濃密な魔力が昏い地下蔵を渦巻く。召喚陣が熱を持つ。
 まるで体内を溶岩が巡っているような熱量だ。
 その膨大なエネルギーに詠唱呪文とは異なる、一つの指向性を与えることが、外付けの召喚陣としての深夜の役割だった。
 徐々に形を成していくエーテルは、まるで卵か繭のように見える。
 それを虚ろな意識の中、茫とした眼差しで見上げる。
 ……だって、もう関係のないことだから。
 間桐深夜の聖杯戦争は十年前に終わっている。品評会の終わった食肉と同じ。あとは出荷を待つだけ。だから五回目(今回)がどうなろうと、関係はない。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!」
 けれどもし。
 もし、届くのであれば。
 薄れた記憶に今も残る、染み付く泥を濯いだ水を思い起こす。
 命じられた指向性とは真逆の祈りだが、深夜は願わずにはいられなかった。
 ――どうか■■を守ってくれる、優しい英雄(サーヴァント)でありますように。



20210926

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