マキリの幻蝶 | ナノ
マキリの幻蝶 / マキリの娘と呪いの世界

第四次聖杯戦争、その終盤。
自身のサーヴァントがセイバーの剣に貫かれたことを確認し、深夜は雁夜の敗退を蟲を通じて祖父に報告した。そして蟲からまた少しだけ意識を切り離し、雁夜の監視へ付かせる。
楔が解け、消滅の始まった使い魔を目視しながら撤退のため後退をしようとして、足を止めた。
小聖杯の人形からその黄金の輝きが出現するのを、深夜は使い魔の蟲からリアルタイムで見た。そして、黒く澱んだ泥が溢れる様子も。
使い魔越しに視た光景に瞠目し、瞬時に回した魔力が眼に青い燐光を散らせる。直感で上階の異変に気づいたセイバーが、探るように天井を睨んでいる。

「……っ!」

視界が一瞬、黒く塗りつぶされたようにかき消えた。返ってくる自身の乖離と喪失の衝撃。地響きのような音と死の匂いに身が竦んだ。
その、直後。轟音と共に天井に穴が開いた。逃げようと魔力を回した体は僅かに動いたのち、諦めたようにその魔力を散らしていく。分割し並列化させた思考と魔力の流れを読み取る特殊な眼による擬似的な未来視は、どうあがいても自身の死を告げていた。
深夜が顔を上げると、その敏捷さで退避したセイバーと、目が合った。見開かれた目が、戦慄きながら開かれた口が、後ろに隠れていた深夜の存在を初めて視認した。

「ぁ……あなた、は」

セイバーは後方にずっと無数の小さな気配があったことは気づいていた。それでも邪魔をするわけでもない、今斃れたばかりの盟友でもあった黒騎士の近くに必ず感じていた気配。サーヴァントであり騎士の王たる自分が手を下す存在ではないと見傚し、道を遮るほどの存在ではないと放置していた魔術師の子供。
その顔は、セイバーにとってあまりにもよく見知った女の貌をしていた。

「そんな、どうしてっ……こんな、これが私への罰だとでも……!!」

騎士の慟哭の声は、セイバーの脳裏に刻まれた女の似姿には届かなかった。見ている方が哀れに思うほどの悲痛な表情を浮かべ、黒泥に飲み込まれる少女をただ見つめる事しかできなかった。

「aaaa、マス、ター……!」

ここまでかと、その短い生の終わりを受け入れた深夜が最後に見たのは、周囲を囲み眼前に迫る黒泥と、常の狂気を潜め自身に手を伸ばす消滅間際のサーヴァントだった。

「g――!!」

伸ばされた手は決して届くことはなく。
こうして、間桐深夜の聖杯戦争は幕を閉じた。


――第四次聖杯戦争

バーサーカー陣営・間桐深夜――聖杯の泥を浴びた後、消失。





止まぬ吹雪と、荘厳な城。
ただ無意に繰り返される日々を見た。
同じ理想を語る男を見た。
男と共に見た世界は醜く、けれどどれもが美しく、尊かった。

日々死へと歩む体ではあったが、そこに不満はなかった。あるはずもない。むしろ、彼女にとってはその旅路こそが繰り返すことのない意味ある日々だったのだろう。だって、すり潰さんと迫る岩に至極満足そうな笑みを浮かべた彼女は、終ぞ悲痛な面持ちで自身を看取る男に気付かなかった。
気付いたとしても、きっと彼女には分からない。理解ができない。情報の処理が出来ない。それに心が付随するのは、彼女からもっと後の機体になってからなのだから。

目の前に佇む、黒い礼装を身にまとった白い女がこちらを見ている。その腕には黒ずんだ赤子が抱かれていた。

「――根源に至り全ての悪を根絶する、第三魔法の具現を」
「――必ずや、この手は星々の果てにまで届くであろう」
「――たとえ、人類全てを、呪い殺してでも」

呪いの言葉は泥となり足元を染めていく。手にした赤子がどくりと脈打ち、その鼓動が空間に広がっていく。
だが、その奥で。ともすれば聞き逃してしまいそうなほど微かに、嘆きの声が聞こえていた。

――同胞はすでに亡く、仇敵は理想を抱えたまま魂ごと朽ち、この身はもはや泥に塗れ汚染されている。

これではあの理想に届かないと、悲嘆に暮れる鈴のような声。
……だから、呼ばれたのか。自身の使命を思い出させるために。
深夜は静かに、黒い女へと近づいた。

「黄金の聖女。聖杯の基盤として消えた、マキリが愛した天の杯」

耳に馴染む懐かしい響きに、黒い女の呪詛が止まる。
その虚ろな赤い瞳を深夜は見たことがなかったが、それは遠い記憶に残るよく知っているものだった。作られた時から深夜に宿る、隙間風のような寂寥感。伝えなくてはと思った。男の生涯を。ただ一人理想に殉じ、一掬いの望みを深夜に託したマキリを。

「あなたの犠牲に心を薪にした男がいた。妄執の火を灯し、理想を目指し、ついにはかつての理想すら焚べてしまったけれど」

アインツベルンの聖杯は全て彼女と同じ型を使った後継機である。
その面影を強く残した人形達が同じように聖杯の露へと消える様を、男は魂をすり減らしながら見続けてきた。これからも、生にしがみ付く限りその姿を看取るのだろう。
しかし、燃やした薪の、焼べて灰になった理想から芽吹いたものこそ

「あなたの仇敵は、その貴い面影を偲ぶため今まで生き存えました。それはきっと、これからも」
「――汝は、」

愛した人の似姿を二度と犠牲にさせないために作られたマキリの聖杯が、間桐深夜の正体なのだから。
深夜の心臓には聖杯になる前の彼女の一部が埋め込まれ、回路として息づいている。だから深夜にも、今まで聖杯として消えたホムンクルスの女達の嘆きが聞こえていた。
黒い女の瞳に、わずかにかつての理知的な光が灯る。それに背を向け、深夜は背後に開かれた扉へ歩みを向けた。
喚ばれていると直感した。行くべき先は、決まっている。





青い燐光を纏った深夜が降り立ったのは、崩れ落ちた魔法陣の上だった。
この地に喚び出した召喚者と思わしき男はすでに息絶え、魔獣に似た生物に体を食まれている。大気はマナに満ちているが聖杯の気配はない。泥に飲まれ死んだという記憶はあるが、どうして生きているのか、何故ここに喚ばれたのか、深夜には見当もつかなかった。だが。

「歓迎は、されていないようね」

振り返らずともわかる、悪意と殺意に塗れた怨念が深夜を殺そうと迫っていた。それに目をくれることもなく、自身の影から呼び出した蟲を差し向け、羽虫を潰すかのように叩き落とした。


20210814

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