紅葉の娘 | ナノ
いろは鬼 / 序章
06



 ーーいきはよいよい
    かえりはこわいーー

 ふいに、そんな唄が浮かんだ。
「出口ってこんなに遠かったっけ」
 そうこぼしたのは誰だったのか。自分かもしれないと全員が思うくらいには、ユウ達はずっと走り続けていた。
 走れど走れど、出口が見えない。
 後ろからは怪物がユウ達を探して叫ぶ声と、岩と線路を擦るツルハシの異音が響いている。
「……明らかにこれが原因だろ」
 速度を落とし、ついには立ち止まったエースがユウに抱えられた大きな魔法石を一瞥する。恐怖と坑道の冷気により青ざめた顔には疲労が滲んでいた。隣を走るデュースも足を止めると、眉根を寄せ苦しげに足下を睨む。
「もうさ、これ置いて行こうぜ。あんなんと戦うくらいなら退学でいいじゃん」
「っ……魔法石がここにあるのに、諦めて帰れるかよ!」
 はっと顔を上げたデュースが噛み付くように声を荒げた。
 納得はできなくとも、助かるにはエースの言う通りにするのが一番だとわかっている。だって命を張ってもどうにもならなかったのだ。恐怖で足はすくみ、魔法の狙いも定まらない。石を持っている限り、怪物はずっとデュース達を追ってくる。
 それでもデュースは、退学だけはできなかった。
 一度は冷えかけたと思ったデュースの熱に、エースの目に苛立ちと敵意がちらつく。
「はっ。じゃあ一人で勝手に行けよ。オレはやーめた」
「おい!」
 デュースを避けるようにエースはひらりと身体を翻すと、出口を目指して歩き出した。突然の仲違いに、足下のグリムが不安気にユウを見上げる。その手足は一番地面に近いせいか、跳ねた泥で汚れていた。
「……エース。多分、石をここに置いても追いかけてくると思う。自分達が持つ石全部に反応してたから、魔法石を追跡するよう、システムみたいなものが組み込まれてるんじゃないかな」
 石に反応する怪物は、宝物庫の番人のようでもあった。魔法石に反応するのであれば、エース達が持つマジカルペンにも反応するはずだ。今は大きな魔法石の原石があるから目眩しになっているのだろうけど。
 ユウには感知できないことだが、この坑道内に限り魔力という目に見えない力を感じ取る機能が備わっていたとしたら、ユウ達にはどこにも逃げ場はない。
 同じことに気がついたエースが振り向く。
「オレ達が持ってるペンにも反応するかもしれないってことか」
「そんな……」
「そうだとして。じゃあお前、どうするの?」
 ユウは笑みを深めた。
「自分に考えがある。また、エースにも協力してほしい」
 一人の力では勝てなくても、自分達は三人と一匹もいるのだから。


 広い坑道の真ん中に立つ。
 最大光度に設定を変えたデュースのランタンを手に、グリムと共に怪物を待ち構える。エースとデュースはそれぞれ先で分岐する暗がりに身を潜め、その時を待っていた。
「ユウ……ほんとにこの作戦、上手く行くのかよぉ……ちょっぴし不安なんだゾ」
 耳から噴き出る青い炎もグリムの不安を表しているのか、通常時より炎は小さくなり頼りなさげに揺れている。
 子分を守るのも親分の役目と言い、ユウと行動することを選んだのはグリム自身だった。
「大丈夫。みんなで力を合わせれば……」
 そこへ、きいきいと、金属をこするような高い音が近づいてくる。低い風音に似たうめき声は反響し、冷たい風は次第に生暖かく頬を撫で、潮のような臭いが鼻をついた。
「来たんだゾ」
「うん。グリム、いい?」
 びちゃ、びちゃ、と濡れた綿を上から叩きつけるような音が、吸い込まれそうな暗闇から聞こえてくる。暗い曲がり角からのっぺりとしたまろい頭が見えた瞬間、ユウが叫んだ。
「こっちだ! バケモノ!」
「やい! 間抜け!」
 叫ぶと同時に手にしたランタンを拾った石で強く叩いた。大きな音は反響しながら坑道内へと広がる。
 暗がりで音と声に反応した怪物が巨体を揺らし、ユウ達を探しているのが見えた。ユウは足を震わせながらこっちだと肺を絞り叫び、金属が擦れる嫌な音にも構わず声を上げて何度もランタンの鉄枠を打つ。
 揺れるランタンの灯りで濡れた石壁の上を影が縦横無尽に跳ね回る中、ついにユウとグリムに気がついた怪物は咆哮を上げ追いかけてきた。踵を返したユウとグリムは全速力で緩やかな登り坂を走る。
 追いかける怪物は、なりふり構わないというようなでたらめな動きでツルハシを振り回す。その度に金属のレール切れ、岩壁は破壊される。坑道が崩れても構わないような鬼気迫る様子に、恐怖から心臓はばくばくと跳ね、血液が沸騰したように全身を巡った。
「aaaーー! オデノ、ガエセェエエ!!」
「アイツさっきより速くないか!?」
 ツルハシとレールの鉄部分が擦れ、爆ぜた火花がグリムへと降り注ぐ。「ぴゃ!」「グリム!」振り向いたユウの袖を怪物の黒い両腕のような部分が掠めた。
「あんなの当たったらひとたまりもないんだゾ!」
「あともうちょっとだから……!」
 手の形についた黒い染みはじわりと滲み広がる。途端に、全身がずんと重量を増したように感じ、ユウの足が鉄の重しをつけたように鈍くなる。
 目標地点まであと少しだ。視界の端からユウの足が消えたことに気がついたグリムが隣を仰ぎ見ると、青褪めたユウの肩や腕、腰、足に黒い液体を滴らせた影のようなものが絡みついているのが見えた。
「ふな゛っ!?」
「あっ……!」
 ユウ、と名前を呼びかけたその時。黒い影に掴まれたからか、腐り落ちた枕木に躓いたのか、ユウの身体は傾き手が地面を滑った。
 ガラスが割れる音と共に足下を照らしていた灯りが消える。グリムの青い炎だけがぼんやりと坑道に広がる。
「ユウ!」
「グリム!」
 駆け戻ろうとするグリムへユウが魔法石を投げた。しっかりと受け止めたグリムに安堵の笑みがこぼれる。これを持ったまま怪物に追いつかれては、それこそ終わりだ。自分達はこの石のために今、命を張っているのだから。
「ふな゛っ、ユウ、急ぐんだゾ!」
 必死に叫びながらも、グリムは動けずにいた。ユウを置いていくことはできない。けれど、ユウの真後ろへと迫る怪物に足がすくむ。
 炎を吐いて追い払うにしても、ユウにも当たるだろう。熱風ですら喉を焼いた非力な人間だ。グリムにとっては威嚇の小さな炎でも、ユウにとっては火葬の炎となるかもしれない。
「行って! グリム!」
 背後へ立った怪物が大きく振り上げたツルハシは、ゆっくりと振り下ろされた。


20221031

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