紅葉の娘 | ナノ
いろは鬼 / 序章
05.5



「落ち着いてください、イロハくん」
 クロウリーはどうどうと言いながら、暴れ馬を宥めるように両手を上げた。
「そもそも刻限は日付が変わるまで。あともう二、三時間もすれば諦めて戻ってきますって!」
 麗人の背に触れてカウチへ座るようエスコートするが、そののんびりとした態度に麗人の怒りは一層のこと増していく。薄暗い学園長室の中で紅玉の瞳は鮮やかさを増し、虹彩は砂金を散らしたように輝いた。
「何を悠長な! あれはぐれぇとせぶん時代に閉ざされた崩落警戒の出ている坑道でしょう!」
 まるで怒れる母熊だ。クロウリーは背にぞくりと悪寒が走るのを感じながら、努めて平静を装う。上位種が本気で感情を露わにした場合、この程度では済まないことを知っているからだ。
「はい、ですがあの廃坑はそう危険なんてありませんよ。保護魔法もかけられていますし、昼は学術調査で考古学の先生方が訪れます」
 面の奥から覗く黄色の光が弧を描く。「なにせーー」言いかけたクロウリーの声を遮るように、鋭いノックが三回響いた。陰影が美しいロカイユの曲線が施された重厚な扉へ赤と黄の視線が向く。
 この時間、一部を除き教師陣や事務職員達は鏡を通じて自宅へと帰宅したり、職員寮へと帰寮している。残っている当直担当は勤務中であり、何かあれば専用魔法で伝える事になっている。そのため、学園長室まで訪れるのは生徒だけだ。
「どうぞ」「失礼します学園長」
 クロウリーが声をかけると扉は直ぐに軋む音を立てながら開いた。慌てた様子で飛び込んだのは、目の醒めるような真紅の髪だ。
「夜分にすみません。我が寮の生徒二人が消灯時間になっても戻らず……あれ、イロハ先輩?」
 薄く青みがかったスレートグレーの瞳がぱちりと瞬いた。あぁ、と天を仰いだクロウリーへの困惑を浮かべながら、視線は麗人とクロウリーの間を彷徨う。
「ローズハート、戻らない生徒はトラッポラとスペードで合っているか?」
 こくりと頷いたリドルに、麗人は小さくため息を吐いた。リドルの性格上、やんちゃな新入生を放っておくことはできない。副寮長のクローバーとダイヤモンドに何かしらの指示を出していることは想像できた。先代とは異なり女王の法律に縛られた彼は、良くも悪くも面倒見が良いのだ。
「どうしますか、学園長。ローズハートまで来てしまいましたよ」


20221026

- 12 -

| →
[戻る]




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -