紅葉の娘 | ナノ
いろは鬼 / 序章
04



 日差しは柔らかく西へと傾き、風は軽やかに鈴を鳴らす。少し遅いが、午睡には丁度良い頃合いだ。
 授業を終え、クロウリーから午後のティータイムでもとお呼ばれした麗人は、深く息を吐いたクロウリーが机の上で溶けているのを見て首を傾げた。
 
「グリムが退学?」
「ええそうです、規定上は」
 仮面の奥からくぐもって聞こえる声に、麗人は魔法で出されたティーカップを片手に持ったまま驚きのあまり目を瞠った。だって入学したのは昨日の今日である。流石に何かの間違いだと思いたい。あれほど入学したいと駄々を捏ねた、頑なに入学すると言い張った自我の強さはなんだったのか。信じられないと眉を寄せた麗人の脳裏に、はたと一つの可能性が過ぎった。
「……どこぞの間諜ですか?」
 紅玉の目が剣呑な光を帯びる。「まさか!」クロウリーは弾かれたように顔を上げると、いささかオーバーな仕草で両手を振った。
「それこそ警報装置(アラート)が作動します!」
 夕焼けの草原の第二王子、茨の谷の次期王、熱砂の国の富豪の子息と、莫大な寄付金の出資元がいる代に限って何かしらの騒ぎが起きている。こうも続けば流石に腰が重いクロウリーでも対策はしていた。学校法人の下運営をしている学園の長という立場上、理事会の責任追求ほど恐ろしいものはない。妖精だって人の世で生きていれば、権力には屈する。
「いえ、ね。彼ら食堂のシャンデリアを壊したんですよ。場所も場所なので、たまに魔法の暴発だったりあまりのノーコンでランプを一つ二つ割る生徒はいましたけど、流石に丸ごと落とされた上に貴重な魔法石まで割られたのは初めてです」
「ユウはどうしたのです」
「鏡の間で掃除をしていたので無事ですよ。あそこは複雑に魔法が絡み合っている部屋ですから、細かい部分はどうしても手作業での掃除になります。本来は彼らも行うはずだったのですが……罰則をサボってこれですよ」
 だからグリムと一緒になって壊した、というよりそもそもの原因となったハーツラビュルの生徒二人にも退学処分を言い渡した。ナイトレイヴンカレッジ最速の退学者の誕生だ。
「ただし、私もさすがに入学翌日に退学者は出したくありませんので、代わりとなる魔法石を用立てることができれば別としました。どうせ行くわけないでしょうが、近くに廃坑もありますから。なのでまァ、正式な手続きは明日になります」
 廃坑から運良く魔法石を見つけるほどの幸運でもあればまたチャンスはある、というのがクロウリーの常套句である。今まで誰も実践したことはなかったが。
 仮面に再現された汗を役者のような仕草で拭うと、クロウリーはようやくカップに口をつけた。ベルガモットの爽やかな香りと甘味に混ざる柑橘の酸味が涼やかな心地にさせてくれる。旬の果実をふんだんに使用したタルトの甘味と調和して、クロウリーは疲労がほんの少し軽くなったような気がした。
「……少し前、グリムに誘われてユウは外に出ています」
「えっ」
 クロウリーが解決したと思った問題は音を立てて戻ってきた。


20220816

- 8 -

|
[戻る]




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -