遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 火群の瞬き




時は、雷神龍とアマネが縺れるように穴へと落ちた瞬間まで遡る。
誰よりも疾く空を翔け、共に穴へと飛び降りそうなウツシを止めたのは、淵に取り残されていたアマネのオトモ達だった。ウツシの装備にしがみつき、男の全力の抵抗に抗う。

「退いてくれ! アマネが、キミ達の主人が落ちたんだぞ!!」
「わかってるニャ! ご主人はきっと上手にナルハタタヒメの上に落ちるだろうけど、ウツシの旦那がこのまま落ちればそれこそ助からないニャ!」
「っ……それは、」

耳と尻尾を垂らし、途方に暮れたような表情を浮かべる二匹の姿に、オトモですら追跡できない深さであることを悟る。そこに、遅れて駆けつけたフゲン達が穴の淵に集まってきた。
覗き込んだ底は暗く、果てが見えない。地から吹き上がってくる湿った風邪と、低い呻き声にも似た轟音が絶えず響いている。

「深過ぎて底が見えんな……コガラシが直に来る。あやつと合流次第、お前は底に降りろ。アマネを探してこい」
「はい……! 必ず、助け出して里へ戻ります」

悲しみに濡れた瞳を奮起させ、ウツシは力強く頷いた。


×××


あれから直ぐに、隠密隊を引き連れて大穴の近くへと飛び降りたコガラシを伴い、ウツシは深い大穴の底へと降り立った。
何もない空間がただ広がっている様子を見て、ウツシは一瞬瞠目する。仰くように空を見上げると、遥か頭上に夜空に浮かぶ月のような、小さい穴が浮かんでいる。戦闘の衝撃で地下に広がる鍾乳洞の天井が崩れたようで、内部は予想以上に広く涼しく、またどこかと繋がっているのか風の音と水滴が落ちる音が響いていた。

「広いですね……」
「穴の真下にいないということは、双方生きている可能性が高いでござるニャ」

コガラシが視線を向けた先には、崩落以外の原因で折れたようにしか見えない鍾乳石と石筍が散らばっていた。少なくとも雷神龍は、落ちてすぐはまだ動ける状態にあったことが見て取れる。

「全てを探すには時間が足りないですが……アマネならどこへ進むかなら、予想がつきます」
「では、ウツシ殿はアマネ殿を。拙者達は雷神龍を探すでござるニャ」

小さく顎を引いたウツシは、雷狼竜の面をつけ周囲の探索へと向かった。
男の背の倍以上はある段差を翔蟲で軽やかに翔び上がる。その後ろ姿を見送ったコガラシは、その気配が遠ざかったのを確認した後、僅かに緊張が混ざる息を吐き出した。
生態の一切が謎に包まれている風神龍雷神龍ではあるが、対の存在である互いを求めていることから繁殖を行おうとしていることは、予てより予想されていた。だから抱卵前、交尾前の飛竜は食欲が増すという研究結果があることを知っていたコガラシは、穴の下に何もなかったことを確認した時点で、アマネが雷神龍に捕食されている可能性も視野に入れている。
フゲンやハモン達から聡明と言われるウツシも、おそらくその可能性に思い当たったのだろう。広がる空間に見開いた目が陰り、動揺を隠すように面を装着していたのをコガラシは見た。

「何か見つかるのが良いのか……いっそ、何も出て来ぬ方が良いのか……」
「頭領、そろそろ行ってくるニャ」
「うむ。あまり遠くへ行かないこと、人が通れない狭さは印だけ残して後回しにするでござるニャ」
「了解だニャ」

アイルーで構成された隠密隊の面々が持つ籠の中、炎にも似た人魂鳥がぴいぴいと鳴き声をあげている。
方々へ散った仲間を見送りながら、コガラシはせめて決定的な何かが見つからないことを、辺りを照らす篝火に祈った。



雷神龍とアマネの捜索は、日が沈み月が天高く昇っても続けられていた。
結局、アマネの体が見つかることはなかった。雷神龍の躯も同様に発見できなかったが、しかし痕跡として剥がれた鱗と、磯の臭いが混じる、腐臭を放つ粘性の体液が地面に付着しているのは見つかった。

「アマネ……どこだ、どこにいるんだ……」

焦燥したように彷徨うウツシが、コガラシ達のいる穴の下へと戻ってくる。途中、合流したのだろう隠密隊のアイルーが心配そうな表情でウツシの足元をうろうろとしている。
日が暮れてから随分と時間が過ぎ、遥か頭上の穴から見える中天には、冴え冴えとした月がかかっていた。周囲も満潮に重なるのか足元は薄く水を張っている。頭上から遥か下層に位置するこの場所でもその光は届くようで、水面で反射した月影に照らされ、辺りは青白く輝き幻想的な美しさを纏っている。
その時、きらきらと輝く鍾乳石に混じり、違う光が反射するのをウツシの目はとらえた。
弾かれたようにウツシが駆ける。水を跳ねさせながら膝をつき、両手を水溜りへと沈めた。

「ウツシ殿!!」

遅れてコガラシがウツシの後を追う。肩越しに見た、ウツシが水溜りからすくい上げたそれは、汚れた何かの破片だった。月明かりを反射して光っていたようで、暗がりで今まで気がつかなかったが、その周囲は点々と血に濡れたように赤錆びた色を跳ねていた。
嫌な予感に、コガラシの尾が膨れた。
ウツシは手に取ったそれを再び水に浸し、拉げたように潰れた赤いその欠片を手で擦る。
乾いてこびりついた汚れが少しづつ水に溶けていく。下から浮き上がるように現れた装飾は、深い藍色と目の覚めるような白に、金粉を混ぜた顔料が塗布されたものだった。
よく見ると、濁った水溜りの底で硝子が割れたような破片がきらきらと輝いている。
見覚えのあるそれに、コガラシが息を飲んだ。

「ウツシ殿、それは……」
「ぁ……ちが、」

ウツシの喉から細い声が漏れた。覆面に隠れたコガラシは、痛ましいものを見るような眼差しで震えるウツシを見やる。
……違う、これはあの子のじゃない。
……違う、これはあの子のものだ。
……違う、だって、違う。
違う、違うと空虚に呟くウツシの肩に、コガラシの硬い肉球が触れた。
濃い潮風に混じり、かすかに濡れた鉄の匂いが鼻を突く。握りしめた手に爪が食い込み、水溜りに血が滲んだ。
……帰ると、約束をしたんだ。祈りを込めて結んだ飾り玉も、割れて底に沈んでいるのを確認した。
脳裏に出会ってから今までのアマネの姿が早送りで過ぎる。
その最後に、記憶の中のアマネが淡く笑み、ウツシに背を向けて去っていった。
拉げた欠片を持つ手が震える。
途端、抑えきれないとばかりに、ウツシの目から堰を切ったように涙が滂沱と溢れた。

「ぁ……!、ぁ、ぁ……!!」

喉は引き攣ったように震え、意味を成さない音が漏れる。
ウツシは割れて拉げ、原型を留めていない面の欠片を握り、声を殺して泣き続けた。
……こんな結末を願ったわけじゃない。あの子の生存をただ祈って、宝玉には竜の力が宿るという言い伝えにも縋ったのに。
慟哭の声を上げるウツシの目に、真っ二つに割れたのであろう飾り玉が映る。かつての輝きを失い、硝子玉のようにただ光を反射するだけのそれを掬い上げた。散らばる面の破片も全て拾い、広げた手ぬぐいに包んでいく。コガラシも周囲を探り、他に落ちている破片がないか探した。

「雷神龍の痕跡とは違って、それはギルドから提出は求められない筈……どうか、ウツシ殿が持っていてほしいでござるニャ」
「……はい」

粗方拾い上げたそれを自身のアイテムポーチに収めたウツシは、緩慢な動作で後ろにいるコガラシを振り返った。
……己のするべきことを果たさなければ。
カムラのウツシとしての意識が、愛した女の喪失に泣き暮れようとする自身を叱責する。

「コガラシさん、里長達への報告のため、俺は先に戻ります。ナルハタタヒメの躯は見つからず、アマネも同様に……生死不明。そう、報告をします」

わずかに言葉を詰まらせたウツシの、雷狼竜の面にはめ込まれた二つの硝子玉が冷たく光った。躯が見つかっていない以上、死んだと認めたくないウツシの最後の抵抗だった。

「両者共、負傷の痕跡のみだったことも忘れずに伝えるでござるニャ」
「はい。では、また後で」

コガラシもそれで良いと頷き、力強く地を蹴り軽やかに翔び上がった男を見送った。





コガラシ達よりも先に帰還したウツシは、感情を乗せない声で淡々と報告をした。
雷神龍の躯も、アマネの身柄も見つからなかったこと。何処かへ飛び去ったような形跡が見られたこと。しかし、アマネの身はどこを探しても見当たらなかったこと。最後に、アマネの身につけていた面の一部が、破壊された状態で見つかったことを。

「アマネについては、割れた面のみの発見でした。負傷している形跡はありますが、致死に至るほどの血痕は見つかっていません。……引き続き、捜索を続けます」

負傷した状態での生死不明。不安はあれど、一先ず明確にアマネの死亡を突きつけられなかったことへの安堵で、集会場の空気はわずかに緩んだ。しかし、ギルドからの調査では食性不明と聞いていたゴコクとミノトは、険しい顔をして深く考え込んでいる。
ウツシが報告をする間呆然と聞いていたヒノエが、共鳴していた時よりも憔悴した様子でアマネの名を小さく呟いた。

「そうか……下がって良い。今日はお前も十分に休息を取れ。……アマネを見つけて連れ帰るのは、お前以外にいないのだから」
「……心得ています」

フゲンの言葉に小さく頷いたウツシが、翔蟲で屋根へと翔び何処かへと駆けて行った。
その身に、心に映していた炎が消えてしまった衝撃は大きく、その日以来、ウツシはまるで写し鏡の実像が消えたように浮かべる表情が空虚となった。せめてもの救いは、まだアマネの死が確定していないこと。そして翌日にはヒノエとミノトが再び共鳴し、ギルドの捜索隊に加わり対の古龍探しで悲しみに暮れる暇が無くなったことだった。
仕事に没頭したことで動揺や衝撃の波が過ぎたのか、ぎこちなかった動きと声音は元に戻っていったが、表情だけは以前のようには作れなくなっていた。
それを隠すように、次第に任務中以外でも面をするようになったウツシは、遂には食事の時ですらその顔を塞ぐように面を被るようになった。

それから数日が過ぎた頃には、帰って来なかったアマネへの動揺は収まり、カムラの里には再びひとときの安寧が戻った。柔らかな日差しと、心地よい風が流れる。異常もない、平穏な日々だった。
ただ二つ、ウツシが雷狼竜の面を常時つけていることと、水車のある家から人気が消えた以外は。



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