遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 禍群の唄
02



 それから随分と長い間、ウツシはアマネの姿を眺めていた。
 やがて、アマネは力を放出しきったようにその身を石へと変えた。最後は燃え落ちる直前の炎のように眩い光に包まれて、燃えた後の灰か、抜け殻のような様相だった。
 ……結局、先に置いて行かれてしまった。
 芒洋とした眼差しで見上げる空は、奇妙なほどに光で満ちている。
「ぁ……、ぇ」
 音にならない声でウツシがアマネを呼んだ。
 返答はない。暖かな夢から引き戻された身体は再び熱を失い冷えていく。
 今度こそ意識が遠のいていく。目を開け続ける気力もない。それにもう、見ていたいと思うものはないから。
 ああ、でも。ひとつ我儘を言うのならば。
 俺は、キミと、いきたかったなぁーー……




 ーーええ。私もです、教官。
 ーーだから。約束を、果たしましょう。




 空は薄青い鼠色の霧に覆われている。
 囁くような葉擦れの音はいつしか硬質な金属音へと変わり、それから随分と時が過ぎた。
 蒼雷のような色をした、大きな結晶を見上げる。血管のような筋が走る繭は硬質な輝きを放ち、時折蠢くように律動していた。
 触れると微かに温かく、鼓動に似た脈動を感じる。

 ずっと耳の奥で聞こえていた旋律(うた)はもう聞こえない。それも当然だろう。私以外の知的生命体はもう、この惑星には存在しないのだから。
 あれから、数え切れないほど季節が過ぎた。何度か長い冬も訪れ、今あるのは全身を結晶で覆われ、生きながら石像と化したヒトの残骸。生命ではなくなってからやっと見えた懐かしいカタチに、凍らせた心が僅かに揺れた。けれどこれもやがて、地脈に溶けて消えるのだろう。汚染された生命は長い時をかけて内海で浄化され、またいつの日か種として芽吹く。そうして世界は回り、歴史もまた初めに戻る。
 手元に残した、一人を除いて。
 あの日、教官の前で羽化した私はそのまま産卵をする筈だった。全てを竜(モンスター)へと変える種を撒くために。随分と増え、別れてしまった系統樹を再び一つに戻すために。
 これは剪定だった。かつて古代人が滅び長い時をかけて再び人が現れたように、いつか訪れる終わりが早まっただけ。熟れる前に果実が落ちるのと変わりはない。それに偶然私が選ばれてしまっただけ。
 
 けれど、旋律(うた)が聞こえたから。
 侵食された脳に染み込んだそれが、私の意識を留めさせた。
 龍へと変生するため繭の中で溶けて混ざったそこで、男の希望(アマネ)は菌のように広がり、そのまま孵ってしまった。
 共に生きたいという男の願いが、こびりついて離れなかったから。
 それこそが私の願いだと、今もまだ錯覚をしてしている。
 ーー会いたい。
 自分のために選べなかった私の手を取り、駆け出してくれたのはあなただけでした。
 死を希う私を慰めて、生きることを願ってくれて、同じ世界を見ようと戦ってくれた、たった一人の私の星。
 あなたがいきたい、あいしているとうたうから、奥底に沈んだ私の意識(アマネ)が戻ってきてしまったのです。
 ーー会いたい。
 だから、私は待ちましょう。
 どれほど時間がかかろうとも、いつか必ず来る、芽吹きのために。
 あなたが唄った愛の旋律(うた)を口ずさみ、あなたの姿をユメに見て。
 ーー会いたい。会いたいです、わたしも。
 この色のないたった一人の世界で、あなたが再び目を開けることを祈りながら。
 龍に至るヒト(モンスター)だけが存在する世界が完成する、その時まで。



20230507

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