遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 禍群の唄
02

 ◇

 アマネが繭に覆われてから幾晩か経つと、空は完全に青さを失い灰一色へと変わった。
 朝も夜もない、陽が閉ざされた暗い世界は瞬く間に凍えていく。海は氷に覆われ、地面には霜が降り、空は常に灰混じりの霰が舞うようになった。
 その頃には生命に満ちていた森はすっかり葉を落とし、虫のさざめきも獣の遠吠えも鎮まり眠りについたような静けさを湛えていた。
 冬と呼ぶにはあまりにも寒々しく味のない景色は、この森だけの異変ではない。ウツシがアマネを隠した洞穴を中心とし、外へ外へと広がりつつあった。

「戻ったよ、アマネ」
 灰が舞う風の中からウツシが現れる。肩や頭に積もる灰は払われ落ちると、きらきら瞬きながら風に溶けた。
 足下で仄かに光を放つ光苔を避けながら、小さな水音が反響する洞穴の奥へと進む。その先にあるのは柔らかな光を放つ繭ーーアマネであったものだ。
「きっと起きたら驚くだろうなぁ。外は少し歩くだけで一面灰色の、まさに灰の闇でね。俺でも方向感覚が奪われるようだったよ」
 繭の横に腰を落としたウツシは、普段と変わらぬ調子で語りかける。
 水車小屋で生活をしていた時のように。桜の花弁が注ぐ集会場で共に居た時のように。
「君の声が聴こえたんだ。俺が迷わないように教えてくれたのかな」
 そうであれば嬉しかった。並のハンターなら耳を澄ませなければ分からないほどの音だったが、諜報部隊の役割を担うことが多いウツシはすぐに気がついた。
 まるで、誰かに語りかけるような音が地に、空に響いていると。
 それが水車小屋にいたときも里から隔離された時も、彼女がずっと発していた音と同じであることを思い出したのだ。
 夢うつつに微睡むうわ言のようなものだとしても、歌うような音はウツシをアマネの元へと導いた。
「夢でも見ているのかい、愛弟子よ」
 撫でるように繭に触れると、手を合わせるように光が集まり脈打った。硬く、けれど薄い繭の下で大きなものがゆっくりと蠢く。
 これから少しずつ、互いに流れる時間の速度は異なっていくことだろう。次にアマネが目覚めた時、どこまでアマネが残っているかは予想できない。腹を空かせた成体はウツシを認識せず喰らうかもしれない。
 それでも、ウツシは祈るように繭へと顔を寄せると、
「愛してる。だからどうか、もう少しだけ俺と生きてくれーー」
 遠くかすかに聞こえる歌に耳を傾けながら、そう小さく囁いた。


20230503

- 13 -

|
[戻る]




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -