遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 禍群の唄
01



 己の出せる最大速度で大社跡を超え狩場の奥深くへと翔ぶ。
 澄んだ森の空気に満たされている筈のそこは、息苦しさを覚えるほどの重圧と、毒々しいほどの生命力に満ちていた。
 ウツシが目指したのはギルドの調査隊ですら足を踏み入ることができない、近隣のカムラの里ですら開拓を放棄している地だ。遥か昔に災いが降り注いで以降、より凶暴で凶悪なモンスターの住処となったらしい。今では禁足地に次ぐ立ち入り制限があり、地図に載ることもない。
 ふと、抱えた少女であったものーーもはや岩のようなそれの気配が変わったように思えて、ウツシはかろうじてまだヒトの名残のある顔を覗き込んだ。
「起こしちゃったね。野営できそうな場所を知ってるから、それまでは」「もヲ、終わラ世て……」
 金属を擦り合わせたような音がウツシの言葉を遮った。
 その音が声だと、同じ言葉だと理解することを心が拒む。それを瞼の裏に焼きついた愛した女の虚像で上書き、ウツシは困ったように眉を下げた。
「ごめんね、愛弟子」
 止めた足が再び地面を蹴る。軽やかに翔ぶ身体は葉音一つ立たせずに木々を越えていく。
 思えば、たった二人きりの家族として、甘えたい遊びたい盛りでも我が儘ひとつ言わなかった、物分かりの良い少女だった。
「こワいの……死奈セて、ヲ祢ガぃだカ良」
「怖いことなんて起きやしないし、俺が絶対に死なせない」
「バケモノ仁、な利たくナィ」
 その言葉に、思わず踏んだ枯れ枝が軽い音を立てて折れた。
 腕の中の愛弟子を見下ろす。皮膚は硬く、砕いた真珠を散らしたように輝き、木漏れ日を受けた鱗は細石のようだった。下から盛り上がる何かによって破られた皮膚が散るように落ちる。桜貝に喩えたこともある爪は、今や少しの力でウツシの肉すら裂くだろう。
 もはや人とは呼べないーー竜に近しいそのカタチ。
「どんな姿になっても、どんな立場に変わっても、キミは俺の愛弟子だ」
 それでもその奥に、懐かしい面影を見つけることは容易だった。
「どこにいたって俺が見つけてみせる。俺が証明し続ける。俺が、おれがーー」
 傍にいる。離れない。死なせない。
 ウツシは続く言葉に詰まった。随分と硬くなってしまった彼女を抱く腕に力が籠る。
 違う。そうではないのだと、くしゃりと顔が歪んだ。遠い日の、星色に輝く幼女の手を引く青年が指をさしているようだった。
「コろ、して」
「ごめんね、アマネ」
 仕方ないですね、と笑う声はもう聞こえない。幼い頃のように身体を丸めた彼女は、硬く冷たい岩のようだ。その中で透けるようにぼんやりとした光が脈打つのをウツシは見下ろす。
 ……まるで繭だ。
 成体へと変化する過程で脱皮や繭を作る種もあることをぼんやりと思い出しながら、ウツシはもう声も届かない彼女へと囁いた。
「キミのためじゃない。俺が……キミが、必要なんだ」


20230427

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