遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 真珠の星




ウツシが里守の教育を受け始めてから数年。
十代半ばを数える頃になったウツシは、その風貌に少年らしさを残したまま、伸びた手足や腰回り、背中にもしなやかな筋肉が目立つようになっていた。整っている顔もより男らしく精悍なものへと変わっていき、時折里の娘達から熱い視線を投げられることも増えた。
しかし、その頃になると同時期に訓練を始めた仲間達に施される教育は厳しさを増し、共に机を囲み同じ釜の飯を食べていた者達は半数近くにまで減っていた。既に年上の里守に混ざり訓練を重ねていたウツシは食事時にしか顔を合わせなくなっていたが、それでも顔を見れば言葉を交わし、互いに意見をぶつけ切磋琢磨していた。
とにかく生き残ることを最優先とした、誰もが思い出すたび苦いものがこみ上げてくるという教育は苦しかったが、得るものもまた多かった。
武器を取り戦う事よりもまず、とにかく死なないための知識。里長達や教鞭を執る老里守達は弱い者を切り捨てることだけは決してしなかったが、己の限界を感じ違う道を見つける者は多かった。
いつの間にか一人抜け、二人抜け。ついにウツシ達の年代で全ての教育を終え残ったのは、一足先に見習いへと上がったウツシを含めた数人だけとなっていた。
昨日まで拳を合わせていた者が今日は炭を運びたたらを踏んでいる。昨日まで同じ釜の飯を食べた者が、今日は船で里を出て行く。また明日と手を振った者が、行商の見習いとして里を発つ。
カムラの里で働き手と言えば圧倒的に里守が多数を占める。商いを営んでいる夫婦も、里で医療に携わっている者も皆、里守としての業務を兼任していた。しかし、同期の少年少女達は、里守にならないことを選び、そしてその道で生きていくことができる。
……俺には、これしかないのに。その背を見送るたび、ウツシの奥底に澱のように積もる、苦く重い感情が浮き上がる。
皆、自分を置いて去っていく。自分だけが一人取り残されていく。思えば、違う道を選ぶ選択肢があることへの妬みもあったのだろう。
彼らの背を無感動に眺めるウツシに、いつだったか師でもあり里を束ねる男は静かに声をかけた。

「歩む道は違えど、皆里のために力を尽くそうとしている。それが武力か支援かの違いだけで、することは変わらん。作物を育てる者、傷を癒す者、外の知識を得ようとする者。彼らがいてこそ我らは戦える。それを忘れずに、お前はそのまま歩めばよい」

里守という道も誰にだって進めるものではないのだと、どこか遠くを見つめるフゲンがまるで自身に言い聞かせるようにウツシへ語る。それでも、ウツシの心は晴れなかった。それなら違う道を選びたいのかと考えると、そこで思考が白く止まってしまう。ウツシは無意識のうちに、その選択をしないようにしていた。何故なら同期の仲間達とは異なり、ウツシには外へ連れ出してくれる身内がもういないからだ。
柄によく馴染む何度も肉刺が潰れた手に、剣を振り抜く動作に最適化された筋肉。ウツシの身体は既に、武器を握ることにのみ特化していた。それに、今更引き返したところで人見知りをするから他者と交渉ごとをすることにも抵抗があったし、ハモンの子供のようにガルグを繁殖させ上手に育てることも難しかった。手先は器用だが、ハモンのように逸品を鍛え上げられるかというと、そこまででもない。刀身を砥ぐ速さも普通の里守と同じか、人によっては遅い方だ。
やはり自分には戦うことしか残っていない。できないことを一つずつ確認し、夢見る前に消していく。そうやって、ウツシは自身に澱のように積もるものに、諦念という蓋をした。
里にはウツシ同様に早く教育を終えた里守もいるが、そういった者達は皆いずれ防衛の最前線で迎撃することが決まっている。自分は一人だと思うこと自体、烏滸がましい。養い親であるフゲンだって、今のウツシの年の頃には次期里長に決まっていたと聞いている。決して自信過剰になるなとウツシは自身を諌め、より一層訓練に身を入れた。その様子は鬼気迫るものがあったと、当時訓練を共にしていた年上の里守は、後に語る。


そうして見習いとして認められたウツシは、次の百竜夜行まで続けられる訓練とは別に、その才能の高さからハンターとしての修行をしてみないかとフゲンに誘われた。

「ウツシよ。このまま里守になるのではなく、ハンターになってみないか?」
「ハンター、ですか」

フゲンが力強く頷く。
ハンターという職業は知識として知っていたし、一度考えたこともある。しかしギルドからの依頼を一定数、決められた期間内で受注する義務が生じると聞いた時点でウツシはその未来を考えなくなった。里守としていつか訪れる百竜夜行に備えモンスターの群に対峙する以上、不定期に里を空けるようなことは避けたいと考えたからだ。だからウツシは初め、何を言われたのかわからなかった。

「お前の判断力、観察眼……それら狩猟の才には光るものがある。里守としてだけでなく、ハンターとしてその腕を奮ってみないか?」

迷うウツシに、フゲンが続ける。

「お前はすでに前線で迎撃することが決められているが、ハンターになればより前線で戦うことも、取り逃がしたモンスターを追うこともできる」

これしかできないという胸の奥に積もる切迫感が、仲間の背を見送った感傷が、蓋をした底から湧き上がるようにしてこぼれた。気づけば半ば反射的に、ウツシはハンターになるという道に頷いていた。
手にした獲物はフゲンと同じ、太刀を選んで。


20210817

- 3 -

| →
[戻る]




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -