遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 真珠の星




雨が降っている。
命を育む恵みの雨。命を奪う一枚の天幕。
雨粒に叩かれた肌が赤みを帯びるほどの勢いの中、人々は忙しなく動き回っている。建ち並ぶ茅葺の家に、次々と大きな箱が運び込まれていく。自分の家だけでなく、他所の家にも。
通りすがる人々はじっと見つめる少年の存在に気がつくたびに何事かを告げ、乱雑に髪をかき回し、何処かへ立ち去っていった。
その様子を、少年はずっと無感動に眺めていた。

「……すまなかった」

不意に、滝が空から落ちてくるような轟音に紛れ、頭の上から降ってきた低く掠れた声に少年が肩を震わせた。
少年が振り向くよりも早く、泥の跳ねる音と共に、影が差す。

「すまなかった、」

いつも跳ねさせている海松色の髪は濡れ、まろい頭に添うようにして張り付いている。黒く濁り人も獣も、山さえも引きずり込んだ怪物――一昨日までは豊かな川であったものから視線を外し、少年は濁った水溜りにも似た瞳で男を見上げた。
顔を歪めた男はうつむき、少年よりも肩を震わせている。

「お前の家族を、守れなくてすまなかった……!」

三日三晩続いた獣の狂騒は、最後の日に自然の力が味方をした。
蹂躙された屈辱から早二十余年。此度の百竜夜行も、人間たちの勝利で幕を閉じた。
しかし勝利したものの、砦から帰還した里守たちはみな沈鬱な表情を隠さない。続く長雨に押し流されたのは、モンスターだけではなかったからだ。
少年の家族は、優秀な里守であった。前線で戦い、近づく群れの偵察も担っていた。彼らのおかげで救われた命も多くある。それを守れなかったと、救われるばかりで肝心な時に救えなかったと、男が懺悔する。そして咽ぶように叫び、少年の頭を引き寄せ、まだ小さな体を抱きしめた。
……どうしてこの人が謝るのだろう。少年は雨で煙るような視界の中、ぼんやりと男から落ちる滴を眺めていた。運が悪かったとしか言いようがなかった。
この世界での人生とは、常に生きるか死ぬかの二択を選び続けることだ。家族は生きる方を選び損なったのだと、少年はそう思うことで泣き叫びそうになる心を無理矢理に押さえつけた。


この数日後、少年は男に引き取られることが決まる。
後にカムラの里が誇る教官となる少年――ウツシが、まだ齢十を数える前の出来事だった。


20210816

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