遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 火群の瞬き
十五

十五


潮騒が耳の奥まで反響し、風に揺れる髪が顔をくすぐる。
柔くて温かなものに身を任せる感覚に、ウツシはゆっくりと目を開いた。適切な処置をされたようで、全身を焼くような痛みは引いている。
寝かされている部屋から見える雲ひとつない青空には、時折高くとび上がった白波が跳ねた。ウツシの状態からか、開き戸の取っ手と窓の格子を紐で括り、扉は開け放たれている。その向こうへ見えた男――里長フゲンの後ろ姿に、ウツシは己の失敗を悟った。
自身が倒れたことは、覚えていた。
再び目を閉じようとしたウツシに、影が差す。
視界の端で白いものが動く。風に揺れていたのではなく、誰かが髪を梳いていたようだ。夢かと見紛うほどの優しい手つきに、ウツシはぼんやりと白い指先を眺めた。

「お目覚めですか」

頭上から落ちた声に、弾かれたように起き上がったウツシの全身に痛みが走る。思わず顔を歪めた男の目に、怨虎竜の面をした女が映った。

「ぁ……」

紙のように白い顔に、銀灰の瞳。
ここにいるはずのない女に、ウツシは目を見開いた。

「アマネ……?」
「はい。随分と、無茶をしたみたいですね」

アマネの白い指先がウツシに巻かれた包帯をなぞっていく。嵐の海を生身で翔び越え、盾の無い身で雷神の雷を受け、最後に己が鍛え上げた弟子と殺し合いに近い戦闘を繰り広げた身体は、同じように戦っていたアマネよりも酷い傷を負っていた。

「どうして……」

アマネが腕を差し出した。白い肌に赤黒い鬱血痕がくっきりと残っている。その上、薄い肩にも似たような痕が見えた。

「どれだけ引っ張っても離さなかった、あなたの勝ちです」
「本当に、アマネだよね?」
「疑うのなら、確かめてもいいですよ」

美しい困り顔に誘われるように、厚く巻かれた包帯と同じくらい白い頬に手を伸ばした。横に垂れる黒髪を掬い、耳にかけ、人差し指で裏の根元をなぞりながら耳朶を揉むように摘む。アマネはされるがままに抵抗もなく、むしろ触れる手へ、すり寄るように頭を傾けた。寝台に突いた方の手はいつのまにか重なり、絡めるように握り合っている。
ウツシは口角が上がるのを隠さず、そのまま差し込むように後頭部へと回した手で、女を引き寄せた。
鼻先が触れるほどの距離で止められた顔に、互いが映る金と銀がかち合う。長い睫毛が縁取る銀灰色の目は、ウツシの目の色も映り込み、星が散りばめられたように瞬いている。
暫しそうして見つめ合った後、ふと思い出したようにウツシが囁いた。

「……良かったのかい」

不安に陰るウツシの乾いた口に、柔らかいものが触れた。押し当てることもなくただ触れている状態で、女の唇が小さく動く。

「こうしていることが、答えですよ」

擦れ会うそこは湿り気を帯び、合わさる皮膚が密着する。
後頭部に回した手に力が入り、片目を隠す面に顔が当たるのも気にせず、ウツシは隙間を無くそうとさらに顔を寄せた。
目の前の星空が静かに閉ざされ、背中に腕が回わされる。布越しに感じるその暖かさに、ウツシも同じように目を伏せた。


×××


部屋から離れた甲板でギルドの職員と話し込んでいたフゲンが振り返る。
すぐ目につく場所に作られた医療室。その奥で、カムラ指折りのツワモノである名物師弟が二人仲良く寄り添い眠る姿に、それまで険しく吊り上げていた目尻を緩めた。
静かに近付き、ずれ落ちた掛け布で包んでやる。男にとって二人は、いくら歳を重ねても可愛い息子と娘であることに変わりはない。
覚醒しかけた男の頭を一度かき回すように撫でると、フゲンは医療室の扉を閉め、甲板へと戻る。
外では風を受け、カムラの祓え桜が描かれた帆が揺れていた。





揃って戻ってきた英雄達に、里は大いに活気付いた。
片や、一人死なせてしまったと後悔ばかりが募っていた火群。
片や、愛した弟子を奪った仇敵相手に単身飛び込んだ迅雷。
しかしどちらも防具は壊れ、異国の仮装と見紛う程に包帯で巻かれている。
先頭に立つフゲンが里中に響くほどの声で帰還を告げると、即座に駆けつけた双子の竜人姉妹の手により、支え合うようにして立つ二人は揃ってゼンチの診療所に担ぎ込まれた。


部屋の窓格子から光が射し込む。二人きりの静かな処置室で、ウツシとアマネは高く設置された寝台に並んで座っていた。少し前に叫びながら飛び出したゼンチは戻る気配がない。
二人が負った傷の多さに、明日使用する予定の薬が底をついたのだ。繋ぎとして使用した、ロンディーネの母国から怪我人のために送られたという薬草も残りわずかだった。
加えて、アマネの異物摂取等による身体異常。こちらは一切の情報を秘匿し、ウチケシの実の服用と腹下しで安静にすることで様子見となっている。穏やかに過ごしていれば、鬼火は舞わない。しかし前例が無い以上、完治するのかも切除した結晶の痕がどうなるかも何も分からない。それでもいいと、手を握り答えた二人にゼンチは呆れたように息を吐いていた。
飛び出したゼンチと助手として控えていたカゲロウは、薬草や調合品の手配に奔走しているのだろう。それだけ古龍二体との戦闘が激しかったのかと、下から聞こえてくる里守達の慄くような声に、二人は処置室で気まずげに視線を合わせた。
そこまでは、秘薬と粉塵と環境生物でどうにかなっていたのだ。原因は明らかに、その後の交戦だった。ハンターの武器はどこまでも対モンスター用であり、本来人に向けてはならない。それを二人して互いに向けたのだから、当然の大怪我である。
不意に、今まで雲がかかっていたのか、窓から射し込む光が強くなる。陽射しはアマネの背中を照らし、かつて任務先で見た異国の宗教画のように、黒髪を輝かせた。
アマネの顔は逆光で見えないが、それでもウツシには彼女が微笑んでいると分かった。

「ぁ……」

光を纏う女の姿に、突然ウツシの目から涙が落ちた。
滂沱とあふれ止まらない様子に、アマネが慌ててにじり寄る。

「どこか傷が痛みますか? すぐにゼンチ先生を呼んで……」
「待って」

栄養不足でウツシ以上に白い顔をしたアマネが男の脇をすり抜けようとした直後、腕を取られ腰を落とす。はずみで揺れた寝台が軋む。引き止めたウツシへ振り返ると、はらはらと涙をこぼしたままの男が苦笑を浮かべアマネを見た。

「大丈夫、ゼンチ先生は呼ばないでいいよ。どこか痛いわけではないんだ。本当に」

傷が痛むわけでもない。胸は苦しいが、傷が障ってということでもない。それは既にゼンチからもお墨付きをもらっている。ウツシの内臓は問題ないと。
だが、一度溢れ出した涙は止まらない。

「あ、はは……なんでだろうね。キミがこうして隣にいるのを見たら、なんだか……はは、ごめん……止まらないや」

無言のままウツシへ腕を伸ばしたアマネが、そっと頭を抱え引き寄せる。すり寄るように肩口に顔を埋めた男はその背に腕を回し、たった一つ勝ち取れた炎を抱きしめ、静かに涙を流した。
外では、照りつける陽射しが一層、上空で吹き上がる竜避けの火群を輝かせていた。


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