遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 火群の瞬き
十三

十三


「愛弟子、賭けをしないかい」

二人揃って地上へ上がると、ウツシが突然そう誘いを持ちかけた。
目を瞬かせたアマネが首を傾げる。師に対して痺れ毒や眠り薬の混入を疑い、渡した回復薬には一切手を付けない警戒心の高さを見せた女とは思えない、どこかあどけない仕草に、思わず緩みそうになる口角を引き締めながらウツシは言葉を続けた。

「これで百竜夜行の問題は片がつく。キミの働きで里は守られたわけだけど……俺と里に帰ろうと言ったところで、キミ、素直に従ってくれる?」

墨を垂らしたような髪が首の動きに合わせ毛先を踊らせる。
怨虎竜の半面に嵌め込まれた玉が、地下で燃え盛る炎に照らされて光った。

「里には戻りません」

その返事にウツシは微苦笑し、小さくほらね、と呟いた。
理由を質しても、きっとまたはぐらかされるだろう。
聞き出す方法なんてどれだけ考えても尋問以外に出てこなかった。過去に任務で散々してきた駆け引きも、アマネが相手となった途端、何も出てこない。頭が真っ白になって、どうして、なんでと、そればかりが巡る。
結局はアマネも、かつてウツシから去って行った者達と同じだったと、そう諦めようとする度に、諦念を塗り潰すように取り戻さないと≠ニそればかりが心を埋め尽くす。
だからウツシは、力づくでも捕まえるしかなかった。誰かを引き止める経験なんてこれが初めてで。それしか、手段が浮かばなかったから。

「制限時間は今からギルド職員が到着するまで。おそらく半刻か、四半刻くらいだね。俺と本気で戦って、最後に立っていた方が勝ちだ」
「……もし、勝負がつかなかったら?」
「ギルドが到着した時点で俺に捕まらなかったら、愛弟子の勝ちでいいよ。キミは晴れて自由の身だ。何処にだって行けばいい。でも……」

黄金が濡れたように色を深め、真っ直ぐにアマネに突き刺さる。

「俺に捕まったその時は、必ずキミを連れ帰る」

その顔に薄く笑みを浮かべたまま、ウツシは顔色ひとつ変えず烈風と轟雷の名を冠する双剣を抜いた。
殺気のような闘気が空気を伝わり、アマネの肌をひりつかせる。アマネも自身の愛刀である、怨虎竜の力を宿す、その刀殻に似た片手剣を引き抜いた。
互いに構えた双剣と片手剣の切っ先が鈍く光る。

「キミから自由を奪ってでも、捕まえたらもう二度と離さない。だから、俺から逃げたければ……殺す気で、俺を止めてくれ」
「でしたらあなたも。今度は、殺す気で捕まえてくださいね」

そう言い終わるや否や、ウツシの両腕が頭上で交差した。
双剣の刃が高い音を立てて鳴り――双眸が赤く染まる。残光が走り、可視化された闘気が煙のように立ち昇った。同時に口内で転がしていた丸薬を音を立てて噛み砕くと、地を蹴り凄まじい速さで駆け抜ける。
目で追いきれないほどの速度で迫るウツシに、アマネは近付けさせまいと後方へ跳んで回避を重ねる。
罠を仕掛ける時間はなかった以上、長距離においてはクナイの投擲と張り巡らせた鉄蟲糸による絡め手に限られる。そして互いに得意とする獲物は双剣と片手剣。従来の双剣よりも強度を度外視して誂えている疾風と迅雷は、その軽さから使い手であるウツシが本気で振るえば、少なくとも二倍以上は手数が増えることをアマネは知識として知っている。
接近戦でウツシと比べると体力も腕力も劣るアマネは、男を上回る速さで逃げ切る必要があった。ただでさえ手数で勝る双剣、まして自身に合わせて誂えた特注武器を用いているウツシ相手に、まともに打ち合って勝てるとは端から思っていない。
ウツシの持つ知識と技術、その全てを教え継承させたとウツシ本人が言って憚らない通り、アマネは彼の愛弟子として与えられたものは全て吸収し習得していた。
得手不得手に拘わらず全武器種での戦い方、地形による有利不利から戦況の立て直し方、事前に張り巡らせる罠の仕掛け方に至るまで、その全てを。故に、ウツシがアマネの手の内を知り尽くしているように、アマネもまたウツシの攻撃特性や癖をよく知っている。

左右に振れアマネの判断を撹乱させながら、ウツシが徐々に間合いを詰める。
回避を重ねながら盾を正面に構えるアマネは、眼前でウツシが掻き消える直前前方へ疾翔し、赤い突きと斬撃を躱した。
鋭く穿たれた剣が遅れて揺れた後襟を掠める。突いた勢いのまま反転し追い縋るウツシの刃を低空で体を捻り籠手で受け止めた。空中で放たれる連撃を力づくで振り抜いた盾で止め、しなやかな筋肉で方向変換し上へと伸び上がる。そのまま盾で押しつぶすように重心を移動させ、ウツシの後方へと足をつき、勢いのまま回転するように距離を取った。
赤い残光が揺れる。立ち昇る闘気をくゆらせたウツシがうっそりと笑った。

「やはり、キミは向かってきたね。さすが俺の愛弟子だ」

再びウツシが双剣を打ち込む。強度では優っているはずだが、流れるような連撃は片手剣の刃を削り、盾に傷を刻んだ。
薄い白刃と何度も肉薄し、掠めた皮膚が裂ける。斬られたことに遅れて気付いたように、後から血が滲み赤い筋となった。
傷が増えるたび、アマネの身に淡く輝く紫色の鬼火が纏わりつく。それを刃に乗せ戯れるように周囲へと撒き、爆破する勢いに押されたアマネは宙を蹴り空へと舞った。
連鎖するように次々に破裂していく鬼火に邪魔され、翔蟲を飛ばせなかったウツシがアマネを追うように仰ぐ。
金雷が迸る赤い瞳から熱い眼差しが注がれる。
アマネはその視線から逃れるように空中で身を捩ると、続く爆破で身動きが取れないウツシ目掛けて翔けた。振り下ろした片手剣を交差させた双剣で受け止めたウツシの、爆破の勢いでも揺らがない体幹にアマネが歯噛みする。
間近で見下ろす、自身を喰らわんとする獣に似た眼は、仄暗い執着と愛憎が入り混じり、火傷をしそうなほどの熱を帯びている。
その眼差しに電気が流れるような刺激が走り、アマネの背筋が震えた。
直後、押し返された片手剣が双剣を弾く。
アマネが空を蹴りウツシから距離を取ると、鬼火の供給が途絶えたことで連続していた鬼火の爆破が僅かに止まる。その隙に素早く踏み込んだウツシの双剣が空を裂き、舞うような連撃がアマネに降り注ぐ。
甲高い音を立てながら双剣を弾く盾が、軋むような音を鳴らした。
赤く染まった瞳が明滅しながら元に戻っていく。鬼人化が終わる前にさらなる打撃を与えようと、斬撃が一層激しくなる。
まずい、と唇を噛んだアマネが赤紫に仄光る鬼火を乗せた片手剣を一閃し、爆破の勢いで双剣を薙ぎ払った。
至近距離の爆破による衝撃から身を守るようにウツシが腕を交差させる。その隙を逃さず、爆風の中疾翔で接近したアマネが勢いそのままにウツシの胴を上空へ向かって蹴り飛ばした。
すかさず、回避で迫られないよう鬼火で一線を引く。アマネを探す視線から隠れるように、白く瞬き破裂した炎に紛れながらウツシの着地地点まで駆け抜ける。怨虎竜さながらの跳躍で、刀殻に似た刃を頭上のウツシ目掛けて振り上げた。
ウツシの眼前に、爆炎を背にした女の刃が迫る。
その、刃の奥に、

「ぁ――」

天の果てで輝く、ウツシが救われ、焦がれ続けた炎を見た。
全ての動きが緩慢に、酷くゆっくりとしたものへと変わる。
眼下で煌めく、星を写し取ったような、燃える隻眼が美しい。惜しむらくは、もう片方が面で隠され見えないことか。
ここでこのまま手にかけられたとしても、それはそれで本望だとウツシは思う。狩場で散ることこそ狩人の誉れとは言うが、ウツシが淡く抱いた理想は、今まさにこの瞬間だった。
しかし、ウツシの鍛え上げられた反射神経は正確に、両手でその剣を挟み取る。
拮抗した力で刃と籠手がぶつかり、かたかたと音を立てた。ウツシは白刃取った剣を片手で握ると、離した手を伸ばし女の細腕を掴んだ。

「そうやって、俺だけを照らしてくれていたら良かったのに」

男を貫くことなく虚空で止められた刃に安堵の息を吐いたアマネは、今度は自身を捕らえた腕にその端麗な顔を焦りで歪めた。振り払うように空中で身体を捻ると、腕の拘束は簡単に外れる。
鬼火を振りまきながら翔蟲を飛ばし、距離を取る。

「――あなたは、」

一瞬、何かを口にしかけたアマネは、すんでのところで口を閉ざした。
首筋が粟立つ感覚に吐息が溢れ、アマネの周囲に再び赤紫の鱗粉に似た火の粉が飛び散る。鬼火を纏うと言うより、まるで自ら放出しているかのようなそれに気がついたウツシは、眉を寄せて首を傾げた。
焼き切れそうな理性の中、ウツシの冷静な部分が感じた未視の正体を探ろうと注意深くアマネを見る。
スキルとしての鬼火纏とは異なり、幾度も鬼火を投げ、自在に設置していた。それ自体は最初に剣を交えた時、退避の切り札としてウツシも見ている。しかしそれは片手剣の柄に仕込んだ霊結晶の力を利用したものだ。今のアマネは剣を振るうことなく鬼火を操っている。明らかに、何かが違っていた。

「それ、前に見たものとも違うね」

再度鬼人化状態に移行しようと掲げかけた腕を下ろし、眉間に皺を寄せたウツシが険しい顔のまま問い質す。
半ば確信したような問いに、諦観を浮かべ歪に口角を釣り上げたアマネは細く息を吐いた。――途端、血煙のように薄紫色の気体が広がる。それは風に乗り、意思を持っているかのようにウツシを取り囲んだ。

「ええ……食べ物のせいでしょうか。あのマガイマガドに助けられてから、私が吐く息には鬼火が混ざるようになったんです。その後、この力を強化するために、マガイマガドの魂結晶を取り込みました。時間はかかりましたけど、やっと身体に馴染んだみたいです。今では彼のように自在に鬼火を操り、手足とできる。
ふふっ。これではもう、人の姿をした怨虎竜と、大差ないですよねぇ」

艶かしい仕草で腹を撫で上げた指が空を滑る。その白い指先に、集うようにして鬼火が纏わりついた。
男を手招く飛縁魔の如き昏い色香に目眩がする。
赤紫の炎に照らし上げられた、宙の果てで燃える星のような瞳から目が逸らせない。
……ああ、俺は。
目を見開いて瞳を揺らしたウツシに一度目を伏せ、鬼火を纏ったアマネは嫣然と微笑んだ。

「ねぇウツシ教官。それでも、あなたは私を連れて帰れますか?」

無理だろうと、アマネの目が告げている。カムラの里のウツシでは、人の道から外れた女は受け入れられないだろうと。
ウツシの唇が震える。破滅すると分かっていても、その熱に焼かれると知っていても、やはり手を伸ばさずにはいられなかった。

「――当たり前だよ」

アマネの耳がその声を拾った瞬間、ウツシの双剣は再び閃いた。
投擲されたクナイを弾いた剣に鉄蟲糸が絡みつく。そのまま糸を手繰りアマネへと勢いよく接近したウツシが連撃を叩き込むように剣を振るう。吐息に乗せた鬼火が破裂する衝撃にも構わず、甲高い剣戟の響きに瞳は赤く揺らめき、金雷のような光が爆ぜた。
獣を思わせる様相に、僅かにアマネがひるむ。

「言ったろ。キミから自由を奪ってでも、俺は絶対に連れ帰る……!」

肌を刺す殺気が次第に圧を増す。
修羅の如き気迫に思わず瞠目したアマネは、しかし体に染み付いた動きにより脊髄反射で回避へと移行し空へと逃げた。ウツシも瞬時に翔蟲を放ち追いかける。櫓を飛び越えるような勢いそのままに、双剣を振るい乱舞する。
凄まじい剣の衝撃に、受け止める盾を持つ手に痺れが走る。

「なん、で、」

思わず口をついて出た言葉に、ウツシは口を歪めた。
斬り上げるようにしてアマネの身体を跳ね上げ、空へと蹴り飛ばす。中空へと放り出されたアマネは姿勢を崩し、けれどアイルーのように身体を回転させ、ウツシから距離を取るように空を翔け着地した。

「……だって俺、キミの教官だよ」

ウツシも身を翻して着地すると、釣り上げた口から尖った犬歯が覗いた。
度重なる鬼火の爆破と剣戟の余波で出来た傷から血が流れる。それを乱雑に拭ったウツシは、瞳孔が開ききった黄金色の眼から赤い残光を走らせ、空を翔けアマネへと迫る。
その異常なまでの速さにアマネの額に血が混じった汗が滲む。威力が下がる分手数が多い筈なのに、その一撃が重い。耳を貫く金属音が鼓膜を叩き、打ち合うたびに火花が散った。
薄い刀身の刃毀れも気にしない、ウツシらしくない力任せの太刀筋であるにも拘わらず、その鋭さは少しも鈍らない。むしろ一振りするごとに冴え渡ってさえいるようだった。
降るような斬撃に混じり、足払いや回し蹴りが飛んでくる。削るような猛撃に、盾を覆う鱗が剥がれ落ち、直後、間合いの短い双剣とは思えぬ力技でアマネの身体は押し飛ばされた。その勢いに乗じて翔蟲で距離を取るように回避をする。
更に追撃を加えようとウツシが地を蹴り、逃げるように空を滑るアマネへと追い迫る。
伸びた腕を弾くように、アマネは勢いを殺さぬままに地に片手を突いて蹴り上げた。
脛当てと籠手が打ち合い甲高い音を立てる。突いた手を発条のようにして飛び上がったアマネへと食い下がるように更に迫るウツシ。その興奮と滴る流血で赤く染まった瞳に、追い詰められた顔をした女の顔が見えた。

「くっ、この……!」
「ははっ……! 楽しいね、愛弟子!」

激しい剣戟と組手に、互いの装備の割れる音が風に混ざり聞こえる。
呼気に混ざる鬼火にも、その闘気に反応し纏わせた鬼火にも怯まず、拒むように破裂しても尚追い縋り手を伸ばすウツシの狂気に、アマネは完全に押されていた。
見えている肌は互いに血が滲み、鬼火の火傷と裂傷が幾筋も走っている。
薄く折れやすい刃から繰り出される強い打撃のような剣筋に、アマネの両腕は痺れ感覚も鈍くなっていた。剣を取り落としそうになるほど血で滑る手は、鉄蟲糸で縛り剣と一体化させている。
アマネもウツシも、最早立っているのは意地だった。



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