遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 火群の瞬き
十二

十二


空へと伸び上がるように首を擡げたまま、いつかの雷神龍のように苦しみ喘ぎながら、岩を突き抜けた風神龍が地下へと落ちていく。
再び開かれた、底根の国への門。
風神龍を追って迷うことなくその穴へ飛び込み、共に落ちたアマネの目に、淡く光る龍体が映る。
地下は、いつかのような暗い闇はなく、眩いまでの稲光に満ちていた。その輝きが艶やかに照る肉の色をした岩壁を露わにする。
まどろみを揺蕩うように宙に浮かぶその身が、落ちた風神龍を掬い、絡み合うように舞った。総身をくねらせながら大きく開いた雷神龍の顎が、青白く仄光る龍体へと何度も埋め込まれていく。
風神龍の黄玉の目に光はない。垂れた尾先は力なく揺れ、壊死した角先が綻ぶように崩れた。

「まさか、捕食してる……!?」

雷神龍の口からこぼれた肉片が濡れた音を立て地面へと落ちた。咀嚼する喉の動きに合わせ、折れた骨が砕かれる乾いた音が響く。咥えた口の奥、咽頭顎が伸び、風神龍の肉を食い千切っては喉奥へと消えていく。
雷神龍が身を捩り回るたび、二体の口からは同じ色をしたものがどろりと滴る。
興奮に稲妻を迸らせながら対の龍を捕食する、そのおぞましい光景にアマネの足は完全に立ち止まっていた。目に沁みるほどの濃い潮と饐えた匂いが身体中に纏わりつく。

不意に、雷神龍の体内、背を覆う触手の先まで眩い光が蠕動した。青く、黄色く。二つの力が混じり合うように、輝きは増していく。
咆哮と共に、地下の土中に埋れていた撃龍槍が幾星霜の時を超えて蘇った。威風を纏い回転する幾柱もの槍が、落ちた肉片を巻き上げながらアマネへと迫る。
その中心に坐す、風神龍を喰らった雷神龍の腹袋は、丸く白い輪郭が八つ浮かび上がっていた。





雷神が淵源へと至った頃。
雨を裂き、風を切り、一筋の閃光が空を走る。
その光は碧雷となり、楽土へと変容しつつある龍の宮へ、静かに落ちた。





風神龍の力を取り込んだ雷神龍に、アマネは苦戦を強いられていた。
地上で戦った時とは異なる狭い地下。それも雷神龍の力に満ちた空間は、常に微弱な電気を帯びてアマネの身体に絶えず負荷を与え続けている。
加えて風神の力を得たことで攻撃方法も変化し、地中に埋まっている古代兵器を磁場の力で浮かび上がらせ、直接ぶつけに来るという手法を取るようになっていた。

「……前みたいに近付けさせたくないってことね」

剣を持つ手とは反対側に括り付けた盾は、度重なる雷撃から身を守った影響で僅かに雷を帯びている。強制的に付与された雷属性により、雷神龍へと与える威力は半減してしまっていた。
その雷神龍は以前と異なり、丸い輪郭が浮かぶ腹を庇う仕草を見せている。つまり、そこが弱点だ。
息を細く吐いたアマネの周囲に紫の靄が漂う。剣に集う靄が鬼火となり、赤紫に発光する。熱を発する剣を構えたアマネが勢いよく中空を翔けようとし――

「全部燃やして……っ!?」

――雷神龍とは違う、けれど同じように雷を呼ぶ咆哮が大穴の底に轟いた。
剣に集った鬼火が霧散し、急速に熱が失われていく。
驚き頭上を仰ぎ見たアマネの目に、花が咲くように丸く光る、赤紫の鬼火が映る。
次いで、小さいけれど存在を主張する碧い光の筋が走った。

「……で、」

アマネは何の合図も出していない。にも拘わらず、怨虎竜は飛び降りてきた。
その背に、ウツシを乗せて。
砦跡へ向けて駆けた時と同様に身体を押さえるだけの最低限の鉄蟲糸は、ウツシがその絶技で以って操竜状態にしているわけではないことを表していた。赤紫の鬼火の奥、仄碧く光る鉄蟲糸が怨虎竜の荒い動きを補う手綱のように揺れている。

「なん、でっ……」

咆哮する雷神龍へ、尾の遠心力で飛ばした鬼火が光線のように降り注ぐ。それを打ち払うように走る稲妻から逃れるように、男が怨虎竜の背から飛び降りた。地に足が届く寸前で疾翔し、雷撃の範囲からアマネを攫う。
その後ろでは、放たれた幾重もの雷輪を潜った怨虎竜が雷神龍へと牙を剥き迫っている。
跳躍したウツシは、歯を剥き出して笑う口のような岩壁の隙間に降り立った。アマネは直ぐ様自身に触れる手を振り払い、帷子の上を覆う灰色の頭巾を掴むと、捲し立てるようにウツシへ詰め寄る。

「どうして来たんです! 他に人は? まさか、ギルドの……」

その剣幕にも薄く笑みを浮かべると、鉄蟲糸のように素早く伸ばした手でアマネの顎を掬うように掴む。口元だけが笑う男の顔に、アマネは一瞬たじろいだ。その隙を衝いて、動けずに開かれたままのアマネの口へ、男は身を屈めて唇を押し当てた。
懐かしい熱と感触に、アマネの思考が止まる。
ねじ込まれた舌に乗せられた秘薬の苦味が、絡みつくような舌使いと共に広がり、瞬く間に彼女の身体を癒し失われたものを補っていく。

「キミが心配していることはまだ起きてないよ。ひとまず、話はあいつを倒した後でゆっくりしよう。……それまでは、俺にも協力させてくれ」

アマネを捕まえる、乾いて節くれ立った手が頬へと滑り、嵐の前の静けさにも似た穏やかな声でそう囁いた。


×××


緩急を付けながら、空を舞う雷神龍を撃ち墜とさんと鬼火が放たれる。決してその身に触れないように立ち回る怨虎竜の背を踏み台にして、飛び上がったウツシが発光する龍体へと双剣を滑らせた。
長い龍体をくねらせウツシへと振り向いた龍が、その口から雷を圧縮させた光線を放つ。その一撃目を翔蟲で回避したウツシを追い、続けて放たれた光線が迫る。
二撃目は空中で身を翻した。
三撃目、眼前に迫ったその光線から、守るように背中に放たれた鬼火の爆破でウツシの身体が上空へと押し上げられる。空を飛ぶ男を仰ぐように、逆さまの状態で上へと向いた頭部の真下から、アマネが鬼火を纏った剣で斬りつけるようにして勢いよく翔び上がった。
その切っ先が触れる直前、稲妻の熱に当てられた鬼火が弾ける。尖角が折れると共に咆哮が轟くと、吹き荒れていた風が弱まり、迫る稲妻が一度明滅し消えた。

「随分と狩りが上手くなっているね。流石は俺の愛弟子、モンスター相手でも上手に教えられたようだ」

怨虎竜のように鬼火の爆破の力で宙を飛び、その周囲を翔けるアマネの素早い動きに、ウツシから気を逸らした龍が身を捩る。

「アマネにばかり気を取られていると、俺に後ろから斬られるよ」

浮き上がった岩場を強く蹴ったウツシが、低空で揺れる尾先へと双剣を振り下ろす。そのまま空中で回転しながら、円月輪を転がすように頭部までを斬りつけていく。頭の先から尾までを往復するその剣の鋭さに、折れた触手が何本か吹き飛んだ。
回転する勢いのまま龍体から飛び上がると、翔蟲で狙いを定め、水晶のような腕へと強靭な脚を振り下ろした。雷が放出されるような感覚と、硝子が砕ける硬い音が骨を伝って全身に響く。
そのすぐ下、ウツシの身体を掠めるように鬼火の弾丸がすり抜けた。金で継いだような線が走る、白い影が浮かぶ腹袋へ当たり弾けると、雷神龍は苦しみ喘ぐように吼え、龍体を垂直に立たせた。咆哮と共に龍体が白く輝きを増していく。
途端、その総身へ空を覆うほどの、無数の碧い筋が迫った。
ウツシの張り巡らされた鉄蟲糸が雷神龍を覆い、龍の動きを止める。
指は裂け、骨の軋む音を立たせながら、ウツシは光り輝く龍体の膂力を押さえ込んでみせた。

「っ……愛弟子!!」

咆哮により、一本。のたくる尾により、また一本。
碧く光る糸は次々と解けていく。
龍の身体から迸る稲妻が糸を伝い、ウツシの身を焼いた。
血を吐くほどの痛みに耐えるウツシが叫ぶと同時に、冥界が如き暗闇に、空を裂く稲光とは異なる、薄明の空の鮮やかさにも似た蛍火が舞った。
抜き払った片手剣は刀身全体に結晶を帯び、赤紫の炎を揺らめかせる。
辺りを漂う灯りはその小さな炎へと集い、次第に無数の鬼火となり輝きを増していく。
その炎に呼応するように咆哮を上げた怨虎竜が、古龍へ向けて鬼火を放つ。
紫の靄が集い、数多の火種が天へ立ち昇るように広がり淡く輝いた。鬼火の靄が淵源の龍を取り囲むようにして一条の円環を描くと、龍の霹靂くような怒りを受け、その赤紫の火の粉は苛烈なまでに輝きを増し、ついには闇さえ飲み込むような紫紺へと変化した。
自身が発す雷輪とも異なる、その未知なる光から逃れようと龍体が大きくくねり、総身を縛り上げる強靭な糸に邪魔をされる。
それでも張り出た金色の腹袋を揺らしながら、淵源の龍は咆哮を上げ、糸を引き裂き、穴の上空に浮かび上がった。背の触手が蠕動するように光り輝き、空気を震わせるほどの咆哮が轟く。
その、雷神竜の口に――突如、雫のような極小の雷球が生じた。
同時にウツシが手繰っていた最後の糸が解ける。
空を舞い雷神龍へ向け剣を踊らせていたアマネが今にも破裂しそうな鬼火の中へと身を踊らせ、雷神龍よりも天高く翔んだ。
これが決着だと直感する。瞳に火焔を灯し、鬼火に覆われた刀身を振りかざす。
雷神龍の脳天へ切っ先が埋まると同時に、雷球はこぼれ、光を集めて圧縮したかのように白く眩い閃光を放つ。鬼火はその爆破温度の限界を越え、冥府を照らす光輪のように輝いた。
蒼白の雷球と紫紺の火群が互いを飲み込まんと混じり、暗闇を閃光と熱風で包み込んでいく。その中心にいた龍は為す術もなく総身を焼く灼熱を受け絶叫を上げるが、その声すらも衝撃に飲み込まれていった。


×××


あらゆる色を飲み込むような、鮮烈な光は閉じた目蓋すらも通り抜け、アマネの視界は不意打ちで閃光玉を受けたように白く染まっていた。
身を焼く熱とは違う、包み込むような熱を感じ、その熱源を確かめようと火傷と裂傷にまみれた手を彷徨わせる。
アマネはその刀身を雷神龍の頭蓋へ今度こそ突き立てた直後、ウツシの鉄蟲糸によりその身体を手繰り寄せられていた。本来なら退避が間に合わない距離だが、直後に怨虎竜が放った鬼火の爆破による衝撃の緩衝で、多少の傷ができるだけで済んでいた。

「きょ……か、ん……?」

熱で焼いた喉から、掠れた吐息とともに耳に馴染んだ呼び名がこぼれた。虚ろな眼差しは視力が減じたままであることを示しているが、それでもウツシは構わないと思った。

「ああ、俺だよ。やったね、愛弟子。キミが……キミが、倒したんだ」

暗闇を彷徨う餓える修羅の妄執はついに、天を霹靂く威風すらその禍威で以って退けた。
全身を覆う、自身が放った光球と鬼火の爆破による熱傷。そしてアマネが叩き込んだ鬼火を纏わせた片手剣による、脳髄を貫くほどの爆破属性解放が雷神龍に致命傷を与えた。
燦然と輝く黄玉の瞳から、急速に光が失われていく。
一辺たりとも残さぬとばかりに、赤紫に燃え盛る鬼火に雷神龍が包まれる。そこに、怨虎竜がゆっくりと近付いた。

「……一旦、上に行こうか。直に嵐も収まるだろうから」



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