遍く照らす、 | ナノ

遍く照らす、 / 火群の瞬き




襤褸布のような状態で里に戻ったウツシは、すぐさまゼンチの診療所に運ばれ治療を受けた。
男が顔に傷を作った時以来のその大怪我は、遠目から様子を見ていた里人の口により瞬く間に広まっていた。全身に負った裂傷に打撲、骨折、火傷。内臓に傷が無いことが不思議なほどの重傷に、里中が騒然とした。
男は、里でも屈指のツワモノである。里長の不在を任されるほど信頼も厚い。それほど優秀な男が大怪我を負うようなモンスターが付近に現れたのかと不安がる里の衆に、アマネの一件を全て伏せていたフゲンが説明をする。当初の情報通り、各地で頻発している百竜夜行の調査へと向かった遠方で群れと遭遇し、手傷を負ったこととして。

間違いなくフゲンはそう説明したのだが、里の中で話が伝わっていくにつれ、いつの間にか百竜夜行の中にアマネの幻影が見え、群れへ飛び込んだ結果大型モンスターに撥ねられて大怪我をしたということに話が変わっていた。
思わず眉間を揉んだフゲンに、こればかりは日頃の言動のせいだろうと里内でその話を聞いたハモンとゴコクは無言で首を振ったという。
誰も詳細を聞けず、訂正できぬまま、時間だけが過ぎていく。傷口からの感染症を懸念したゼンチにより、治療室のある診療所からはフゲンまでもが締め出されていたからだ。
ゼンチから面会の許可が下り、治療が一通り済んだのは、ウツシが運び込まれてから三日ほど過ぎた頃だった。

「邪魔をするぞ」

フゲンが部屋の前に立つと、ツンとした刺激臭が鼻を突いた。まるで部屋ごと消毒をしたかのような薬臭さに思わず眉を顰める。長く垂らされた暖簾を潜ると、布団に横たわり目を閉ざすウツシが目に入った。
それは、思わずワカナから渡された見舞いの果実を取り落としかけるほどの衝撃だった。
全身を覆う包帯は所々血と、染み出た体液が黄色く滲んでいる。あまりの痛ましさに、フゲンが無くしてきたモノ達の影がちらついた。
思わず駆け寄ると、鼻に手をかざし呼吸を確かめる。手のひらに感じる微かな風に安堵し、布団の横に腰を落とした。
その微かな物音で、ウツシの意識が浮上する。
目を開きフゲンを認めたウツシが、身体を起こした。手を貸そうとするフゲンを制したウツシは、本来ならまだ起き上がることさえできない筈だったが、ハンターとしても優れた資質を持つが故に、その並外れた回復力で既に半身を起こせるほどにまで回復していた。

「……随分と派手にやったな」
「申し訳ありません、里長」

熱で焼けた掠れ声で謝罪するウツシに、フゲンは一つ息を吐いた。消毒用の綿紗が大きく貼られた顔は、予想していたよりも随分とすっきりとしている。
今までの陰鬱な様子が嘘だったかのように、男の表情は凪いでいた。

「猛き炎の様子はどうだった」

まだ何も報告する前から分かっているように聞くフゲンに、ウツシは微苦笑した。

「オマエがそこまでの怪我を負ってまで深追いするとしたら、彼奴しかあるまい。……で、息災だったか?」
「はい、一応は。少し窶れているのが気がかりですが、傍にあの怨虎竜も確認できました。やはり、各地で百竜夜行を食らっていることは間違いないでしょう。アマネを確認した場所も、群れの観測地点から発生源と思われる方角へと移動していました」
「ふむ……マガイマガドの百竜夜行の探知能力は高いとされている。それを使い、発生源である風神竜を追っているのかもしれんな」
「おそらくは。奴も、雷神龍を探しているようですから。それから、いくつか気になることが」

怨虎竜の素材を使用したアマネの戦闘手法を、ウツシはかいつまんで説明した。
殺傷力を上げるためすり潰した結晶を塗したクナイ。片手剣に仕込んだのであろう、鬼火の種でもあるガスを放出させるおそらくは魂結晶。
鬼火となる前のガスが固まり濃縮したそれからは、常に可燃性のガスが立ち昇っている。主に鬼火の噴出孔周辺の甲殻に凝固し生成されるその結晶で、本当にアマネと同じ使い方ができるのかどうか、ウツシは疑っていた。
アマネほどの狩猟の腕がある人間の、あの急激な窶れ方は異常だ。

「素材そのままに、本当にそのような使い方が可能なのかハモンに確かめさせる。結果は追って伝えるゆえ、オマエはまずゆっくりと休め」

アマネが、進む道が無道だとしても戻らないと決めたように、ウツシもまた女を引き戻すことを決めている。
必ず取り戻すと決めた以上、ウツシの心は揺らがない。たとえ何があろうとも己の隣に引き戻す。泣いて嫌がっても、手放してやる気はもうなかった。

「……何はともあれ、無事に生きて戻ったのだ。何度だってまた探し、捕まえに行けば良い」
「はい。次こそ、必ず」





ウツシとの戦闘後、身体を引きずりながら怨虎竜と合流したアマネは再び地底湖を目指した。モンスター相手に負った傷でない以上、回復薬の効果は薄い。心配そうに鼻を鳴らした怨虎竜の背に倒れ込んだところで、アマネの意識は途切れている。
そうして次に目を開いたら、きらきらと輝いては空に溶け消える紫の靄に包まれ、アマネは泉に浸かっていた。
どれくらいの時間そうしていたのかと考え、やめた。地下深いこの洞窟は時間の感覚が失われる。
雷神龍から受けた傷すら癒した地底湖の碧い輝きの中、吐息をこぼす毎に紫の粉塵が踊るように舞う。その仄かな灯りは、真新しい傷を覆う瘡蓋を反射し輝いた。

「もっと、強くならないと……」

誰よりも、ウツシよりもと、焦りが募る。思わず口を衝いて出た声は、アマネの身体に重く響いた。
幸い、風神龍を追い百竜夜行の群れを探すうち、連れた怨虎竜は狩りの腕を上げている。流石にウツシ相手では手も足も出ず、撤退を命じることになったが。それでも十分、アマネの手足として動かすことは可能だ。
龍宮砦跡をわざわざ海底から浮上させた以上、雷神龍は再びあの小さな島へと戻るだろう。以前、共鳴していたミノトが早く来いと苛立ちを露わにしていたことから、アマネは雷神龍自ら動くことはないと判断した。
百竜夜行を追い立てながら彷徨う風神龍は、いずれ砦跡へと向かうことになる。だからその前に、アマネは風神龍だけでも斃したかった。
天井の岩肌を見上げるアマネの腹が小さく鳴る。
最近、食べても食べても、腹が空く一方だった。必要な量は食べているからとその主張を無視していたが、それもそろそろ限界を感じていた。
食べ物を求めた胃から酸が迫り上がり、吐き気を催す。噎せるように咳き込んだアマネの手には、鬼火と同じ色に輝く細石のようなものが一粒転がっていた。



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