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日記・更新

異世界マキリ04
2022/11/13 12:04



「ショウさん!」
 相棒のボールともう一つだけを持って、自分の足と意志で村を出たショウを迎えたのは、空の色を写し取ったような青い衣服に、三日月色の髪の青年だった。
 駆け寄った男はショウのあまりにも少ない荷物と曇りきった眼に僅かに眉を顰めたが、いつもと変わらぬ声と口調を意識して声をかけた。
「探しましたよ! 大変な目にあわれましたね……事情は知っております。ジブン、優秀な商人ですから」
 手振り身振りの明るい声は、まるで味方だと示すように労わりに満ちている。そのことに、覚悟はしていても多少なりとも落ち込んでいたショウの気分が僅かに上向いた。
「ウォロさん……すみません。図鑑、もう見せられなくなってしまいました」
 ショウの暗い色の目がじわりと滲む。コトブキ村に来た当初、ウォロと交わした約束。
 置いてきた元の世界の服よりも、村人に預けたポケモンよりも、残ったままの依頼よりも、それだけが心残りだった。
 ショウの荷物はボール二つといつの間にか懐に入っていたアルセウスフォン、それから容量の少ないポーチだけ。他は図鑑も何もかもを置いてきた。
「博士とテルだけじゃ、多分完成しないから……」
「何を言うかと思えば……いいんですよ。それは後々の楽しみに取っておきますから。先ずは何より、こうして無事に村から出られて良かった。それに今後のことだって考えなければ。ショウさん、どこにも居場所がなくなったのでしょう?」
「はい。でも、当分は調査途中で見つけた比較的安全な場所があるので、そこで野営をしようと思ってます」
 ショウは何も、考え無しに飛び出した訳ではなかった。予め各地域に人目につかない奥まった空間を探し、目星をつけていた。これから向かおうとしていたのもその一つだ。
 紅蓮の湿地の奥にある花畑。かつてバーサーカーがビークインと共にいた場所だ。
 そこなら花の蜜やきのみも豊富にあるし、ビークインによって攻撃的なポケモンから襲われる危険性は一番低い。懸念事項でもあるコンゴウの里山からも距離があり、集落の人間達もそう近寄ることはない。そもそもそんな場所があると知らない可能性だってある。
「……アナタが仰る通り、ギンガ団もコンゴウ団もシンジュ団も、皆ヒスイ地方の全てを知っているわけではありません」
 ショウに野営の技術を教えたウォロも、ふむ、と納得するように頷いた。安心させるように二、三挙げられた居場所の候補は、ウォロの知っている場所もあれば知らない場所もあった。
「今のショウさんの状態で野営は、心身ともに疲弊するだけです」
「……針の筵よりかは、マシです」
 消え入りそうな声で呟いたショウの、いつにないほど弱った姿に、ウォロは僅かに息を飲んだ。迷子の顔で前へと進む姿に、瞬きほどの間で遠い昔の記憶がよみがえる。「大丈夫です」気がつけばそう口を衝いて出ていた。下を向けば、夜を閉じ込めたような目が見上げてくる。
 ウォロは一呼吸置いて警戒するように周囲へ視線を滑らせると、声を落とし、秘め事めいた仕草でショウへと顔を寄せた。
「大丈夫。いいところを教えますよ、ジブンにお任せください」
 にっこりと笑う、胡散臭いまでの笑みだ。
 ショウは不安気に眉を下げて首を傾げた。
「……いいんですか?」
 ウォロは商人だ。いくら好奇心の赴くままに仕事から抜け出しがちであっても、村に出入りする行商の一人としての立場もあるだろう。
 ショウに肩入れすることは村を纏めるデンボクの面目を潰すことにもなる。そのデメリットを上回るものが、ショウを手助けすることで何か得られるのだろうか。
 不安と疑心、安堵が織り混ざったようなショウの眼差しに、ウォロの笑みに苦いものが混ざる。
「ええ。……お得意様がいなくなると、ジブンも困りますからね」
 そう言って手を掬い取った男は、ショウではなくどこか遠くの違う誰かを見ているようだと、ウォロを見上げるショウはぼんやりと思った。
「ありがとう、ございます」
「……本当に気にしないでください。アナタと古代の謎を解き明かす旅も悪くないと思ったのは本当です。どうやら、思っていたよりジブンは、アナタを気に入ってもいるようだ」




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