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日記・更新

異世界マキリ03
2022/10/08 23:19



「Anfang.(告げる)ーーSturz.(落ちよ)」
 轟音が夜のしんとした空気を裂く。シャドーボールよりも黒い小さな塊が、光の筋を残しながらマスキッパへと直撃した。「スキュー!」暗闇にぽつりとこぼした緑の影から、軋むような悲鳴が上がる。
 黒い影に弾かれた巨体は木に巻きつき体勢を立て直すと、体躯の大きさを利用し自重による加速で宙へと駆けた。伸ばされた触手を大きく広げ、ショウへと飛びかかる。
 大きな口の中は血のように赤く、赤く。暗い夜でも消化液を滴らせる棘がいくつも見えた。あまりの恐怖に喉が引き攣る。強張る身体はぴくりとも動かない。
 ああ、もうダメだ。諦めたショウが目を閉じようとした時、
 ーーカタカタ。
 ポーチがーーその中に仕舞い込んだボールが、熱を持ち激しく揺れた。
「っ!」
 どん、と背中を強く叩かれたような衝撃が走る。その勢いのまま、ショウは弾かれたように地を蹴る。迫る触手とすれ違いながら前方へと回避し、そのままぬかるんだ泥の上を滑るようにマスキッパの下をすり抜ける。
「キシャー!」
 振り向いたマスキッパへ、ポーチから転げ落ちたボールから飛び出した相棒が威嚇の声を上げた。
 人間のショウよりも臆病で、いつも背に隠れてばかりの相棒。か細く甘える声は今や鋭く、ふにゃふにゃとした炎しか出せなかったその背からは、熱く眩い炎が燃え上がる。
「ぁ……」
 突然の光と熱さに怯んだマスキッパは、直後に空気を震わせた電動音のような低い羽音、その振動が直撃し、泥で泥濘む地面へと落ちた。
 マスキッパを挟んだ向こうに、人影と、また大きな巨体が蠢いていた。
 目の前の相棒はまた高く鳴き声を上げると、その小さな体は光に覆われ、姿を変えていく。少しだけ伸びた体躯からはより多くの炎が燃え上がった。ちら、と振り向いた相棒の指示を求めるような視線に、どくんと胸が高鳴る。
 気がつけば、ショウは声を張り上げていた。
「ひのこ! そのままころがる!」
 幾つも吐き出された火の玉は夜に覆われた森を照らし、マスキッパの触手を焼いた。きらきらと輝く金赤の火の粉が舞い上がる中、泥を巻き上げながらその巨体を弾き飛ばす。
 悲鳴と共に浮かび上がった巨体は触手を広げ体勢を立て直すと、不利を感じたのか暗く深い森の奥へ逃げるように消えた。
 軋むような風音が小さくなる。暫くすると、しんとした冷たい静けさが戻ってきた。
「勝っ、た……」
 思わずこぼれた声は、静かな森では思いの外よく響いて聞こえた。勝ったのだ。追い返すのが精一杯ではあったし、見知らぬ誰かの手助けはあったけれど。
 気が抜けたのか、ショウはどさりと地面へ尻餅をつき大きく息を吐く。そこへ、進化した相棒が心配をするように駆け寄り鼻先を近づけた。すんすんと検分するように湿った鼻先を押し付けられる。余程心配していたのだろう。ショウは炎が消えた滑らかな毛艶の背を安心させるように撫でた。
 風に乗って、ぱきりと、小枝を折るような軽く高い音が耳に届いた。その音にはっと顔を上げると、いつの間にか目と鼻の先にオボンの実が落ちている。
 くれる、のだろうか。
 見知らぬ人からの施しに僅かに躊躇ったショウに対し、相棒は迷うことなくかぶりついた。見る見るうちに体力が回復していく相棒に、ショウは一瞬でも毒や罠を疑った自分が恥ずかしくなった。
 気を張り詰めた生活が続いたせいで、知らずにぴりぴりしていたのだろう。最近は向けられた親切すら疑うことが増えてしまった。
「あの! 助けていただき、ありがとうございます!」
 返事はない。けれど、甘い蜜のやわらかな香りがふわりと広がった。




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