『私』の前世は赤司という男だった。赤い髪と目の、お世辞じゃなくとも端正な顔を持っていて、ひどく聡い人間。何に置いても一番な、『私』のよく知る男だった。その赤司の前はたぶん極々普通の女子学生だったはずだ。そして今は福井なまえという、バスケ部の副主将の男子である。
おかしなこと、かもしれない。前世の記憶どころか前々世の記憶(こちらはもう朧なものだけど)まであるなんて。しかも、前世と今は漫画の世界の人間だなんて、ずいぶん世界の神様はもの好きらしい。せめて女の子が良かった、とかは思いもするけれど、それだとこのは成り立たないからややこしい。
思考なんて、すでにしっちゃかめっちゃかで。誰として生きてるのか、そんなの思考の海のなかに沈んでる。
でも、これだけは分かる。俺は今、福井なまえとしてあるべきだと。
「本当に似てるんだな」
赤い髪。色の異なる二つの猫みたいな目は少しの驚きに染められている。少し短い髪のせいで額が惜しげもなくさらされている。羨ましいくらいに綺麗ですね。
「……赤司」
と、キセキの皆さま方。
何してくれてるんだろう、彼らは。そう言いたい。いや、彼らが何をしたかなんて分からないから、これは八つ当たりになってしまうのか。それに、彼らを煽るようなことをした自覚は一ミリくらいある。
「ああ、はじめまして。福井さん」
「はぁ…はじめまして」
何年ぶりだろうか。
とりあえず、久しぶり、俺の「前世」さん。
口には出さない。というか、出すわけにはいかない。こんなときでも表情が崩れていないだろう俺の精神はなかなかだと思う。
というか、俺ってこんな感じだったんだろうか。高圧的とまでにはいかないにしても、思わず身を堅くしてしまうような、そんな感覚。
「で、似てるってなんだ。お前と俺が似てるとは思えないんだけどな」
「というよりは、同じって感じかな」
「聞いてるか、お前」
「敦やテツヤたちがやけに言ってくるから、どんな人だろうとは思ったけど」
「…人の話を聞かないふりして、相手を苛つかせようって手かよ」
全部聞こえてるくせにさ。
小さく笑ってやれば、目の前の赤い彼の表情が少しだけ固まる。そう、図星をつかれるのはすきじゃないんだっけ。
でも、残念。その手は君だったときに使い慣れた。
似てるのは、そうかもしれない。けど、俺の方が長く生きてきた。
理不尽でも、フィクションのなかであっても。
似ていようが、違う存在。
(お忘れなきように、『彼』には『彼女』の感情があるのです)
「なんだったんだ、あれは」
あまり人のいない廊下で、溜め息を吐き出したなまえちんがこちらを見上げてくる。呆れた、と言いたげな目に微かに苛立ちが燻っていた気がして、肩が跳ねそうになる。
言い出しっぺは黒ちんたちなのに、なんて言えなかった。
やっぱり、赤ちんに似てる。さっき、黒ちんたちに「俺は赤司じゃない」と言っていたなまえちんもだけど。違うと言われても、やっぱりだめだ。
「ごめんなさい」
「……いいよ。怖がらせてたみたいだしな」
「こ、怖がってねーし」
「敦?」
「…ごめんなさい」
「あはは。ごめんな、いたずらして」
くしゃ、となまえちんが笑う。赤ちんとは、全然違う笑い方だった。思わず立ち止まってしまう。
あれ、全然違、う。
俺が止まったことに気づかないで歩いていくなまえちんの背中は、赤ちんみたいに小さくて。
「わけ、わかんないし」
きっと心臓までぜんぶ新しくなるよ