こちらを見てくる目は左右の色は統一されている。あいつほど大きくもなければ、色はまるで違う。目付きも、少し悪い部類に入るだろうか。
しかし、こちらをじっと見据えてくる目にはあいつと同じ聡明そうな光が見え隠れしていた。今の感覚は目の前に、あいつがいる感覚に酷似している。この男は、誰だ。ユニフォームから紫原のところの人間であることは分かる。不意に、「ああ!」と横の高尾が声を上げた。え、と男の視線が俺から外れ、横に移る。視界の横に少し嬉しげに笑う高尾が見えた。
「福井先輩っすよね!陽泉バスケ部副主将の」
「そうだけど。お前は、高尾…だよな?秀徳の」
「え、知ってるんですか!?」
「そりゃ、リーグ勝ち上がってて、しかもキセキがいる東京の王者だったらな」
初めて男(福井という先輩らしい)の表情が変わる。無表情に近かったものが、やや柔らかい笑みを浮かべている。ああ、また、重なる。
「えー、真ちゃん経由かよ」
「どういう意味なのだよ」
「だってさぁ、」
「高尾は…誰かに自分のことを自分の力で知って認めてもらいたいんだろ。もしかしたら…勝ちたいとまで思うか?。いい傾向じゃないか」
負けず嫌いな、うちのに似てる。
そう言った先輩がこちらを見て微笑に近い笑みを浮かべた。そして、ああ、と溢す。
「高尾の隣も、そうなんじゃないか?」
「よく分かりますね!でも、真ちゃんは」
「変なところで律儀?」
「すげー!先輩、エスパーですか!?」
「違うって。ただ、」
知ってるだけだ。
先輩は相変わらずこちらを見たまま、ゆったりと笑う。
お前はとても負けず嫌いだったな、そう言った将棋の駒を手で転がす男は笑っていた。
(どこまでも似る、その男は、)
息が止まるかと思った。
横で黄瀬?と森山先輩が訝しむように名前を呼んでいたけれど、それさえも気にならないほどで(きっと笠松先輩だったら肩パンは食らってたかも)。
無意識に彼の名前を紡いでいた。
すべて違うのに、同じなのは横に紫原っちがいることだけで。なのに、同じ、で。
ふと、見すぎたせいか、彼がこっちを向いた。その人は俺を見て、少しだけ目を丸くしてから、やんわりと笑った。彼の口が音もなく紡ぐ(りょうた、と)。
どくり、と心臓が跳ねた。なんで、なんで。
――同じ、なの。
答えない俺に、なにを見てるのだと、森山先輩が呼んできたらしい笠松先輩が俺と同じ視線を辿り、小さく溢す。
「あれ、福井じゃねぇか」
「え、」
「いや、だからな。あれ、福井って、陽泉の副主将。妙に統率力があるって言われてるやつで、強い選手が誰だとか分かるんだと」
――まるで。まるで、それじゃあ、同じじゃないか。あの人と、同じ。
もう、違う人には見えなかった。周りと比べれば少し小さな背も、それでも、存在を訴える雰囲気も、なにもかも。
(頭が告げる。同じなんだよ、と)
自分でも、何を言ってるんだと思った。
「赤司…?」
「………違うけど、」
わけが分からない、とこちらを見てくる、名前も知らねぇやつ。表情がどこか作り物めいている。ユニフォームは、たしか紫原が着ていたやつと同じ。
ああ、そうだろうな。
そいつの言葉に内心、同意する。
そうだろうな。あいつはこんな姿じゃなかった。茶髪ではないし、髪もこんな長くない。それに、もうちょい低い。目だって、赤だった。
でも、一瞬、赤司だと思ったのも確かだった。そういや、今日はさつきに、部活中に読むなと頭を雑誌で殴られたから、おかしくなったんだろうか。
元チームメイトと、知らねぇやつを間違える、なんて。
「お前、誰だよ」
「…福井、なまえだけど。お前は青峰だろ、敦と同じ『キセキの世代』」
「敦って、呼んでんのか。あいつのこと」
「呼びやすいんだよ。なんなら、お前のこと大輝って、呼ぼうか?」
小さく笑うそいつ。
あいつと重なって、ぶれる。
呼ばれた名前の発音はどこまでもあいつと同じだった。
(目の前にいんのは、誰だ)
無邪気に笑うまやかし