「敦は先輩の言うことは聞くんですね」
「…それを言われたの二回目だ」
「そうなんですか?」
首を傾げた氷室に頷く。
ぽたりと伝う汗が床に落ちた。
いつも近くにいる紫原といえば、この氷室が言ってくれたおかげ(菓子で釣ったとも言えなくないけど)でゴールを壊さんばかりのダンクを決めている。見慣れたものとは言え、やっぱり迫力がある。
「前は監督に言われた。けど、」
「けど?」
「正直、あれは言うことを聞いてるんじゃなくてさ」
紫原はお前の言うことはよく聞くな、と監督に無表情に限りなく近い顔で言われたことがある。そのとき俺は苦く笑うか、誤魔化すように適当に返事をした気がする。
たしか、紫原が入部して、少しあとのことだ。そういえば、新入部員への挨拶のときの紫原の表情はなんとも形容し難い。
「…あれはな、因果だ」
きっと重ねたんだろう。
―赤色と。
目を細めて、コートを蹂躙する紫原を辿る。いつかの記憶とぶれる。あのときは、ユニフォームは紫じゃなくて、水色だった。
ただ、適当に生きている。意思はある。意志はない。しっちゃかめっちゃかな、思考回路。
ある意味、ありのまま。
掬い上げた、感情は。
先輩の表情が消えていく。言い方を変えるなら、元に戻っていく。
元からころころと表情を変える人ではないけれども、この人は無表情に近い表情をよくする。いつだったか、先輩に言ったことがあった。楽しくないですか、と。五対五で試合をしたときに。彼は相手がシュートを決めても、味方がシュートを決めても、表情を少しも変えなかった。いや、少しだけ笑っていたかもしれない。「無表情を意識してるわけじゃないけど、これが楽だから」「疲れるからな、誤魔化すのは」「正直、面倒でさ。表情をつくるのは。だから、素直にあると、こうなる」―ありのままってやつ?そう締めくくった先輩は俺を見上げて、付け加えた。
「氷室といるのは、楽だな」
ああ、そうだ。
彼はそのとき笑ったのだ。くしゃり、崩れた無表情は微笑に変わる。
(お前は、初めての色なんだよ)
夢の中の探し物は見つからないんだってさ
氷室くんと。もう夢主が達観の域を越えてしまっているような…