リクエスト | ナノ
頭がずきずきと痛い。
さっきから何回も何回も謝ってくる男子にはとても悪いけど、正直、もう謝らないでほしい。大丈夫だからと笑っても、眉を下げて謝ってくるのだ。さっきから桐皇の桜井くんがちらついて仕方がない。



体育の授業で男女別れてやっていたドッジボールの男子のボールが頭に激突したのはちょっと前だ。
本当に大丈夫、と当てたらしい男子に言ったのは数分前。

「頭いたい」

「避けろよ」

「無茶言うな」

そして一分前ほどから、階段でばったり会った伊月とずいぶん下らない言葉の交わし合いをしている。下らなすぎて主語が存在していない。サボりはもう確定だったりする。そんなただいま四時限目。

「どうやって避けろというの、後ろから飛んできた男子の豪速球を」

「こう、すらっと」

「私はあんたみたいに鷹の目持ってないの」

ついでに後ろに目もついていない。避けられるわけないだろう、普通。というか、後ろに目があったら最早妖怪じゃないだろうか。というか妖怪だ。

「…妖怪、はやだな」

一人言のつもりで呟いたのに、目の前の男は一瞬呆けたような顔をして、次には風船がぱちんと割れたように笑い出していた。

「おま、なに言ってんだよ」

「いや、あんたがどうした」

「冗談のセンスないな、なまえ」

「冗談のひとつも言った覚えがないんだけどな」

珍しく無邪気に笑う伊月に固まってしまう。冗談のセンスないな、って笑われてるんだから私には怒る権利というものがあるはずなのに、どうにも怒りは湧いてこないし。むしろ、一緒に笑いたくなってしまった。笑顔は伝染するというけれど、本当なんだなぁと思う。

「っていうか、あんた笑ってんじゃん」


変な顔、とそのすべすべの頬を片方ふにりとつねる。とたんに端整な顔は不思議そうな顔に早変わり。
ねえ、知らないでしょ。
誰かに問いかける。
ねえ、知らないでしょ。この男がこんなふうにころころと表情変えること。くだらない駄洒落をまとめたまとめたノートを持ったイケメン、ってだけじゃないこと。怒るときは、少し怖いけど、でも、あとにはしっかり笑ってくれること。いつも横にいてくれること。
知らないでしょ。

「伊月、」

「…なまえ?」

ピアスの穴ひとつ空いていない耳に、ぽつりと言の葉をひとつ落とす。

知ってるよ、心配してくれたことも。あの男子が言ってたから。伊月がね、って。友達に大丈夫って最初に聞いてたことも、知ってるんだよ。女子の情報網はなめちゃいけないよ。階段に座るときだって、いつも前で。

けど、きっと君はしらないだろうから。

「好きだよ」

ねえ、伊月。



愛って素敵なものだと思わない?