なぜ動かない。 久しく会った、目の前の男は、憎くてたまらない相手であるはずなのに。 「今日は珍しくおとなしいじゃねぇか」 「っ黙れ」 「体は正直なのになぁ?」 「黙れ!!」 なぜ、動かない。 にや、と嫌らしく笑う高杉にぎりと歯を噛み締める。こいつは、悪だ。なにものも受け入れない悪。いつか、私の大切なものを奪っていく。 その前に私はこいつを消さなければいけない。昔の仲間だとしても。今、それをやる絶好のタイミングだと、分かっているのに。 「っくそ…」 体が動かない。 それを嘲るかのように高杉が笑う。 なぁ、と高杉が囁く。なんだ、と見上げれば口角を上げる高杉が見えた。それが昔、皆に向けられていた笑みに似ていてさらに歯を噛み締める。 できない。 私にこいつを殺すことは。 「なぁ、なまえ…」 「いや、だ。…言うな…」 「俺はお前を気に入ってんだぜ?」 「言うな…!」 望みたくない。 あんな思いはもうごめんなんだよ。届かない辛さなんてお前は知らないだろ。 もう、望みたくないから。ぽろぽろと溢れてく涙も気にならないほど言うなと無茶苦茶に叫んだ。 私はもう、あの頃を忘れたい。思い出したくもない。 不意に手を引かれ、反応も間に合わず高杉に抱きしめられる。火薬の匂いに混じってする匂いにぞわ、とする。 押し返し逃れようと身を捩っても男と女。力量の差など明らかで。ただ叫ぶしかできない。けど、その声音さえ弱々しくなるのが自分でも分かる。 だって、私は本当は。 「やめろ…高杉!」 「…愛してんだ」 わたし、あなたに愛されたいと渇望していたんです、 あいつに似合わない優しい言葉に、笑みに、私は。 また望んでしまった。 聡美様へ捧げます。 特に指定はなかったのでちょっと悲恋めになりました。企画参加ありがとうございました!! |