フリリク企画 | ナノ



( 穏やかな夜を思って )


夏といえば海。座右の銘というか決まり文句というか、まあ夏といえば海なのだ。つまり私は今海にいる。正確には海が近くにある海の家みたいなところだけど。たしかに夏は暑いし海はいい。けれど泳げない。泳いでもいいんだけど、仕事という名目でここに来ているから、気が抜けなくて素直には喜べず。洋平って子から悪魔の話を聞かされてからはなおのことで。
気も抜けず、海の家の仕事もこなさなければならなくて、私は帰ってきてお風呂に入ったらすぐに布団にダイブした。
先生には気を張りすぎと言われたけれど、仕方ない。ご飯も食べる気にならない。食べなきゃ持たないのは分かってるんだけど。夏バテかな。
はぁ、と息を吐きつつ天井に視線を向ける。照明がひどく明るくて眩しい。
けれどすぐにそれが遮られた。降ってきた、濡れタオルのせいで。
伝わる冷たさに跳ね起きた。

「っ!?」

「なにしてんのよ、あんた」

「あ、え…神木さん?」

落ちたタオル。おかげでタオルを落とした主が見えた。神木さんだ。神木は怪訝な顔をして、私を見ていた。

「どうしたの、神木さん」

「聞いたのはこっちよ。あんたなにしてんのよ。食べなきゃ明日倒れるわよ?悪魔のこともあるのに」

「ごめん。でも食べる気しなくて」

「夏バテ?」

「かもしれない」

苦笑いすれば、馬鹿じゃないの、と言われた。うん、なんて否定もせずに頷いたらまた馬鹿と言われた。
馬鹿馬鹿と言われてもなんか言い返す気力もなくて、微苦笑するしかできなかった。頭がぐらぐらした。
すると神木さんは、はぁと深い溜め息を吐いた。

「あんたって本当に変なやつね……明日は寝てなさいよ」

「え、でも…」

「いいのよ!あんたがいなくても一日くらい大丈夫なんだから」

いいわね!という声とともに襖が閉められた。取りつく島もないとはこういうやつだろう。
それでもちらりと見えた神木さんの赤い顔だとか、さっき落とされたタオルとか、神木さんの優しさが何だか手に取るように伝わってきて、思わず笑ってしまった。



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