フリリク企画 | ナノ



( 時間さえ忘れそうだ )


妖による被害などを見て回っていると、ため息まじりにこちらに歩いてくる翡葉が見えた。疲れたようす、というわけではなくてただまたやってしまった、なんて悔やむ感情も少しだけ窺えて名前は小さな苦笑を浮かべた。
どうした、なんて聞くのは野暮だろうか。そんな思考をしつつ、でもやっぱりそれしかかける言葉がなくて結局「どうした?」なんて捻りも何もない言葉をかける。
そしたら返事はなくて、ただ手をひかれ肩に顔を埋められた。さらさらな髪は相変わらずで結構なんて的はずれな思考をしてるなんて翡葉は知ってるんだろうか。

「また、限と喧嘩したの?懲りないね。あ、あと私の班の子なんだから苛めないでよ?ぐれたら困る」

「…お前さ、いつも思うんだけど俺への心配はないわけ」

「だってあれじゃん。翡葉は大人だし。思春期の子は扱いに気を付けなきゃいけないんだよ、知ってる?」

誰に教わったんだそれ。
翡葉が呆れまじりの表情を向ければ名前は頭領が、とあっさり答えた。
夜行の人間は一部を覗いて大概が頭領、つまり正守を慕っているわけで彼に寄せる信頼も結構なもので。
でもだからといって大の男がそんなこと宣っている時点でおかしいじゃないかと思うのだ。たしかに彼には反抗期で思春期真っ最中の弟がいるけれど。

「お前さ、限のこと気に入ってるよな」

「気に入る?うーん、たぶんかわいいんだよねたぶん。なんて言うんだっけ。最近流行りの…ツンデレ?ギャップ萌え?」

「たぶん二回言ってんぞ。てかなんだよ、それ」

「わかんない。いーじゃない、そんな些細なこと気にするのは雷親父だけだよ翡葉」

「なにそれ初めて聞いたし」

主任のくせに相変わらず抜けた口調や表情に翡葉は思わず噴き出していた。なんだかおかしかった。
これでも影使いなんて宣い、称されるやつなんだけどな、なんて、これがギャップってやつだろうか。なんて考えればますますおかしくて。
それを見た名前も同じように笑った。長くなくて、お世話にも年ごろ(なんて言える年じゃないが)のやつのする綺麗な髪じゃない、染められてもいない黒髪がさらりと揺れた。

「良かった良かった。笑顔はいいことだよ」

「え、」

「翡葉疲れた顔してたからねー。美人が台無しよ?」

くすり。笑う笑う。
自然でおこがましくない気の使い方にああ、やっぱり主任なんだと思った。気をつかえて包むみたいな。
それが、今だけは、自分だけに向けられてる。優越感。

「あれ、どうしたの。翡葉?」

翡葉はそんな名前の髪が、笑顔が、心が、なんとなく好きだった。
飾らなくて味気なくて、でも綺麗で。

「美人じゃねーよ」

お前の方が美人だし。
なんて呟いて抱きしめてやった。


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