小説 | ナノ
*夢主→才蔵兄




忍には掟があるようでない。兄貴はそう言いながら俺の頭を撫でた。兄貴は里ではけっこう腕の立つ忍で俺もアナも憧れてた。だというのに、誰にもつかずずっと里にいて、でも何もせずにいたわけではなく気まぐれながら忍に稽古をつけてやったりしていた。
何でここに残るのか。兄貴ほどのやつならどこの武将だって欲しがるだろうに。そう問えば兄貴はああ言ったのだ。


「忍には掟があるようでない」



「そんなの、答えになってねぇじゃん」

「なってるさ。忍に必ずしも主人を見つけなきゃなんねぇなんてことはない。後の忍を育てるやつだって必要だろ?」

「そうだけど…」

だいたいのやつは主人について、主人を守る。そして死んでいく。それが忍ってやつだと思っていた。
そう言えば兄貴は小さく笑った。くしゃりと大きな手で俺の頭を撫でた。

「そうだな。…弱虫みてーで言いたくねぇけど…本当はな、怖ェんだ」

「怖い?」

「主人残して死んじまったらだとか主人を守れなかったらだとか、な。大切なものがあればあるほど怖くなる」

そう言う兄貴の顔はいつもと何一つ変わらないのに、どこか寂しげに見えた。
いつもと違うせいで、なんて言えばいいのか分からなくなった。強いと思っていた兄貴の科白は、難しくてよく分からなかったけれど、兄貴がなにかに怯えるようだったのは俺にも分かった。

「名前にも、怖いもんとか、あんだな」

「あるに決まってらぁ。だから俺は逃げてんだ。なぁ才蔵。お前もいつか忍になって主人を見つけるんだろうが、お前は、俺みたいにはなるなよ。お前はまだ強くなれるんだからな」


臆病にはなるなよ、と兄貴は笑った。ひどく優しい笑みだった。



今さら考えれば、兄貴はまったく弱くなんてなかったのだろう。弱いと自分自身で認められるやつは誰より強い。弱いながらもできることをやっていた。むしろ、兄貴が忠告してくれていたにも関わらず主人を守れなかったらと恐れ、でも弱いと認められずにいた俺の方がずっと、弱い。
摩利支天なんて異名があっても俺は弱かった。
それでもきっと兄貴はそれを知っても兄弟揃って馬鹿だよなぁと笑うのだろう。

優しいやつだから。




浅ましさに吐き気がするけれど人間なんてこんなもの

「曰はく、」様に提出させていただきました

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