国は人にはなれない。けれど人よりずっと強く、長い間を生きる。そして国とともに生き、国とともに死ぬのが定め。誰もそれに抗いはしないし、抗っても敵うものじゃない。名前もまた、そんな国の一人で。名前は小さな国であまり知られていないけれどたしかに存在しているしそれなりに豊かな国だ。
にこやかに笑う名前を見ていると、さらにそう感じさせられる。そこそこ大国である、フランスさえもそう。
「えーと、話すことはっと」
「たいしてないけどねぇ」
「いいことじゃないですか」
平和ですよ。
笑顔を見せてから、再び名前は書類に目を通していく。彼女の色素の薄い瞳が忙しなく動いているのを対照的にフランスは呑気に見る。フランスにとって名前はわりと重要な貿易相手だったりする。とはいえフランスには他にも大切な貿易相手はいくらでもいることに変わりはない。
「…あ、そうだ」
書類に目を通してもたいしたことは見つからなかったらしく、名前は書類を置いてフランスに笑いかける。
「あのですね、私、たまに人になりたい時があるんですよ」
それは唐突な言葉だった。まるで「飛んでみたいなあ」とでも言うように軽く。フランスも一瞬目を瞬いた。
「…人に、かい?」
「はい!たまにですけど」
「なんでまた?」
フランスの言葉に名前はまた笑う。
国は姿こそ人に似ていても、やはり生命力の差は大きい。言ってしまえば、人は弱い。あの強かった彼女だって、死んでしまった。そんな弱いものに名前はなりたいと。理由が思い浮かばなかった。
国でも人と同じことはできるというのに。
そう聞けば、名前は眉を少し困ったように下げた。
「でも、違いますから。私たちは人にはなれません。同じ気持ちでも、やっぱり人なればこそってことがありますよ。そんな気持ちに、私は憧れます。弱くても、構いません」
その時は誰かが手を差しのべてくれますよ。
「誰か、ね…たしかに俺らじゃできないか」
「大国ならなおさらですよね、でも、私はフランスに助けてもらいましたよ」
だって、あなたは私を拾ってくれたでしょう?
たおやかに笑う彼女に、フランスは曖昧に笑い返した。何も言えないのは、
君を拾ったのは、利益のためだと言ったら?(君は俺をどう見る?上からの命令で、君を拾ったなんて言ったら)(聞きたくない)もうひとりのぼくを殺す 君の笑顔はぼくを殺す
悪いぼくを殺すんだ
コトリ、と一人になった部屋で名前はカップを置いて目を細めた。それは困ったような笑み。
「やっぱり、フランシスさんは気にしてるのか」
仕方ない。あの人優しいから。そう、一人ごちて名前は彼の背中を思い出す。フランシスが自分を拾った理由が、利益だと名前は知っていた。国であるなら知らないはずない。彼は帝国主義で名を馳せた国。利益のために戦いすらいとわない。
彼の意志も、きっと関係ない。苦しいことも、なにもかも、きっと。
それを知っていてあんなことを言う私は相当意地が悪いのかもしれないね。
「それでも、あなたには、」
私は悲しんでほしくない。私のことなら、なおさら。だから私は演じます。もうひとりの私を殺して。
だって私は人ではないから、人ならどうするか、どうやって傷つけないようにするのか分からないから。
だから私はひとになりたいの。私がひとだったら、あなたは苦しまない。
「…ムダな足掻き、か。そうだね」
名前はまた薄い笑みを浮かべて立ち上がった。
「私は名前。……国だもの」
ひとにはなれない。
もうひとりの自分を殺しているのは誰「曰はく、」様に提出させていただきました