小説 | ナノ
さぁ、行きましょう。我が君。そう笑みを浮かべて告げれば我が君…奥村燐様は人間の絶望という感情に染まった顔をした。ああ、なんと人間らしくなってしまったのか。青焔魔様のご子息様だというのに。

忌々しい人間どもめ。
燐様をよくも染め上げてくれた。燐様は気高い我ら悪魔の王になられる方で在らせられると、いや、それ以上に素晴らしい方だというのに。
あの浮かぶ人間達に苛立ちが浮かぶが、決して顔には出さない。仮にも燐様の御前。

「名前…?」

「!お名前を呼んでいただけるなどと、私めにもったいないことを」

燐様に名前を呼ばれ、思わず気持ちが高まる。
とは言うものの、いつも呼んでいただけていたが。青焔魔様は素晴らしい執務を私に任せてくだされた。燐様を虚無界に連れてくること、周りは彼が行きたくならなくなるように抹殺。そのために人間に紛れよと。おかげで燐様の側にいることができた。…昔から、虚無界より見ていた彼のお側に。特に覚醒させられた燐様の纏う炎は美しく、お父上に重なった。
…いらぬ人間達のそばにいるはめになったが。まぁ、いい。

私の執務は果たされる。


「さぁ、参りましょう?我が君」

「っ雪男達はっ、どうしたんだよ?!」

「嗚呼、私めが抹殺いたしました。燐様が気に病まれることはありません。さぁ」

「っ雪男は!!お前が好きだったって…」

なのに殺したのか!?
そう問われ、あっさり頷く。悪魔ですからと言えば、燐様の目が見開かれた。奥村雪男。燐様の弟だから殺さなくても良いかと思ったが、やはり燐様を引き留める忌々しい人間。青焔魔様の命に私は従ったまで。…青焔魔様には、絶対服従だもの。

笑みを浮かべたまま、燐様に告げる。

「私めはあなた様がいればよろしいのですよ」

「っ俺も、お前が好きだったの、に。信じてたのに…」

「…光栄ですわ」

「違う!!俺は!!」

叫ぶ燐様が蒼い火を纏う。その声が宿すのは怒り。それと、悲しみか。…燐様は私に何を見てくださっていたのでしょうか。なぜか目にはうっすらと涙が滲んでいた。まるで人間そのもの。…なんて、滑稽な。けれど纏う炎はあなた様が嫌う蒼き悪魔の火だ。表裏一体とはこのこと。…可笑しい。

思わず笑みが零れた。
だというのに、すごく愛しいとはどういうことかしら。

「我が君。」

燐様の御前に跪き、スッ、と手を伸ばす。
笑みは変わらず貼りつけたまま、けれど喜に思わず笑みが深まる。

…青焔魔様は大切だけど、彼には譲りたくない気がする。そう言ったら私は殺されるでしょうね。けれど、

少しくらい、いいわよね?


「私はあなた様に従いますよ」

青焔魔様よりも、あなた様に
だから

「私と共に参りましょう。青焔魔様を倒すこともできますよ?」

「っ!?」

「何を悩みますか?恨めしいのでしょう?青焔魔様が。ああ、私にあなた様を連れてくるようにと、あなた様の枷になるようなものは消せと言われたのもあの御前」

燐様が目を見開く。
その目にゆるりと憎悪が宿りゆくのが見えて内心ほくそ笑んだ。責任転嫁もいいとこと気づかないなんて。

そう、あなた様さえいれば構わない。だから、あとはいらないわ。魔神さえも塵に同じ。

だから、堕ちてきて?
我が君よ。我が唯一の王はあなた様なのだから。


そう、忠誠のように口付けを落とした。





楽園の残像
(そう私は【あなた様】を愛している)

青に落ちた日】に提出させていただきました

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