小説 | ナノ

燐にとって、名前はよく怪我をするし、よくからかってくるが、優しい、姉のような人間だった。

燐も怪我をする方だったが、名前はそれ以上に怪我をしてくる。それは擦り傷だったり、痣だったり。理由は分からない。名前は燐に言ったことがなかったから。聞いても、教えてやらないとはぐらかされるのだ。

また名前が怪我をしてきた。
いつか死んでしまうんじゃないか。そんな不安が胸を掠める程の怪我をしてくることだってあった。名前は紛れもなく女なんだ。が、藤本も雪男も何も言わない。ただ、悲しそうな、仕方なさそうな目で彼女を見るのだ。名前もまた、どうしようもなさそうに笑う。

彼らの間にある思いを、燐は知らない。知る術がないから。



「終わったよ、名前」

「ありがとね」

「…じゃあ、気を付けてね」

「分かってるよ」

雪男は名前の怪我を治療し、苦笑を浮かべて部屋を出ていった。部屋には燐と名前だけになる。
しばらくの沈黙のあと、なぁ、と燐は名前に尋ねる。名前の視線が燐に向いた。

燐は尋ねる。
名前は死なないよな?と。

燐の言葉に名前は目を見開いたあと、すぐに細め燐の頭を撫でる。

「っなんだよ!」

「安心しろって。私は、死なないから」

叫んだ燐に名前はクツクツと笑って返す。そして、不意に笑うのを止め、視線を窓に、正確には窓の外に移した。燐も同じように視線を移したが、そこには何もない。だが、名前はそこを見つめたまま。まるでそこに何かがあるかのように。殺意を孕んだ冷たい濃紺の瞳で見るのだ。

「…名前?」

「…ああ、ごめん。何でもないよ」

先ほどとは違う寂しげな目が、燐に向く。

そんなわけない。
そんな顔をしておいて。
思わず言いそうなった言葉は喉に詰まった。名前の目が、何も言うな、と抑止したから。どこまでも冷たい目が燐を見据えている。たったそれだけで、燐は背筋に冷たいものが這い上がるのを感じた。

燐は名前の目が嫌いじゃない。深い深海のような碧(あお)。吸い込まれるみたいに綺麗。嫌いじゃない、はずなのだ。

けれど、今は名前の目が

怖い。

(なんで、怖いんだ?)

理由など、分からない。
だが、怖い。本能が言っている。

黙り込んだ燐に名前は、はぁ、とらしくない溜め息を吐くと燐の頭を再び撫でた。先ほどとは違い、優しげに。そして、呆然とする燐に名前は笑う。いつものように鮮やかに。
とたんに燐の肩から力が抜ける。

「大丈夫だよ、死なないし。死ねないから」

「…なんでだ?そりゃ死んでほしくねぇけど」

「教えてやんない」

「なんでだよ!」

またはぐらかしたな!
と叫ぶ燐を背中に名前は部屋を出た。そして扉を閉じる。とたんに名前の端正な顔が影を帯びた。

「死ねるわけない、あいつを殺るまでは」

口元が、緩やかに、綺麗な弧を描いた。

(もう、誰も傷付けさせないよ)

この命に変えても、ね。



名前の出ていった扉を見つめ、燐は小さく呟く。

「…名前…無理すんなよ」

お前が死んだら、俺は、雪男は、ジジィは、どうすればいいんだよ。お前の死に顔なんて見たくないんだ。

なあ、死ぬなよ名前。

届かない言葉は空気に溶けた。




死ねないひとへ





死ねないんだ

あいつを、倒すまでは


振り返ることのできない少女

そんな彼女に手を伸ばせない少年


生きていてください
(それが彼らの本当の願い)
(届くことはないの)



title:群青三メートル手前

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夢をみる青」様に提出させていただきました。意味不明ですみません。あいつ=青焔魔のつもり。で、夢主は祓魔師。

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