うわんうわん、聞こえる泣き声をたどって、涙を溢しているはずの彼を探して「また、泣いてる」って困ったように笑って、その涙を拭うのはいつだって私の役割だった。
昔話だ。 という前ふりがいるほど昔じゃないけど。私にとったら2、3年くらい前ならもう昔でいいんじゃないかと思う。
「名前!」
バイバイ、またね、と控えめに手を振ってくる友達に同じように手を振り返す。彼女たちは数回手を振ったあと、まるで何かから逃げるように走っていった。 ……そりゃあね、嫌だよね。 小さく息を吐き出してから、聞こえないように呟いた。
私の家である寺は、落ちぶれた寺─呪われた寺、だと。
「ただいま帰りました」
「お帰りなさい、名前さん」
お帰りなさい、と笑う門徒さんたちに同じように笑い返す。
正直言って、分からなかった。ここの人たちはみんないい人なのに。悪い人間がこんなに笑うとか、できるわけない。 でも、私はヒーローってやつじゃないから言い返すことなんてできなくて、だんまりするしかない。
うわんうわん。
それは空耳のようだった。きっと、空耳だった。 でも、聞こえた気がして思わず振り返ってはみるけれど、ただ談笑している門徒さんたちがいただけだった。
でも、すぐに思い当たるものがある。うわんうわん、と。ああ、また泣いてるんだ。
「坊」
彼は書物がたくさんある部屋にいた。さながら小さな図書館のようなそこに彼は一人でいた。 呼びかけてみる。 応答、なし。 近づいてみる。 来るな、とは聞こえなかった。だから何言われても文句は聞かない。
「坊、」
その年相応とは言えない広さの背中にもう一度、呼びかけてみるけれど、やっぱり何もかえっては来なかった。 ただ、彼の肩が小さく揺れたように見えた。 だから、といったら変だけど。その顔を覗きこんだ。
うわんうわん ああ、やっぱり泣いていたね。 自分が小さく笑うのが分かった。見んな、と彼が言った。嫌です、と私が言う。彼は泣いていた。 私は笑っていた。
「泣かないでください、坊」
いくらでも、その涙を拭うから。 彼の横にしゃがみこんで、彼の頬に手を伸ばした。 やめろ、と聞こえた声は弱々しい。
「ねぇ、坊。聞いてください。私は坊に何があったってあなたの側にいます。約束したじゃないですか。ずっと側にいて、守って、もし悪口があるならその耳を塞いで─ただ、側にいるって」
ゆびきりげんまん、嘘ついたら、
「………アホ、」
はりせんぼん、のーますっ
ようやくしっかり聞こえた声。 坊はやや照れたように笑ってそっぽを向いていた。
ああ。 笑ってくれたね。
うわんうわん、聞こえる泣き声をたどって、涙を溢しているはずの彼を探して「また、泣いてる」って困ったように笑って、その涙を拭うはいつだって私の役割だった。
ぼくをちぎって きみのえいようにして?
|