なんで好かれたんだろう。まるで犬のように何度も何度も「黒子っち黒子っち!」と飛んでくる黄瀬をあしらいながら思う。さながら、彼は大型犬だろう。ぶんぶんと千切れんばかりに振られるしっぽが見えそうだ。
犬は嫌いじゃないし、可愛いと思う。つまり彼のことは嫌いじゃない。 好きなのか、と問われると曖昧だ。 好きだったら無下になんか扱わない、と思う。 正直、影が薄い名前に恋愛経験はない。相棒といえる仲の青峰にだって、向ける感情は尊敬だ。 かといって、人の好意が分からないわけじゃない。 だから冒頭の問いに戻るわけだ。
なんで好かれたんだろう。黄瀬はいわゆるモデルというやつで、つまりは顔はずば抜けていい。きっと彼と付き合いたい人間は五万といるだろう。 そのなかには可愛い子も、性格がいい子も、たくさんいるだろうに。
関わりなら、あった。 赤司に彼の指導係をやるように言われたんだから。 だからって、こうなるわけ、ない。
「黄瀬くん、」
「何スか?」
まるできらきらな星みたいな目が輝いてこちらを見下ろす。 へにゃりと笑う様子まで様になっている。
「どうして、君は私なんかを選んだんですか?」
「急にどうしたんスか?」
「だって、そうでしょう。君なら素敵な人なんか他に…」
万といるでしょう。 そう続ければ、黄瀬はなんだそんなことかと言わんばかりに、やや呆れたように笑った。 まさか笑うとは思わず、え、と固まる。 とたんに綺麗で、でもきちんと男らしい手に自身の手を取られる。 あとの展開なんてまるでお約束だろう。そのまま彼の胸にダイブ。 前が黄色から黒に変わる。なんだか彼のファンに殺されそうだなと脳内は意外にも冷静だった。
「意外と馬鹿ッスよね、黒子っち」
「……君に言われたくないですよ」
今は帰り道なのをお忘れですか、とジト目で睨んでやると彼は少しだけ苦笑した。それでも、手はまだ解放されず。
黄瀬が、小さく黒子っち、と呼ぶ。
「俺、黒子っちが好きなんスよ。黒子っちっていう“一人の人間”が好きなんス」
笑顔が眩しかった。 その科白、他の方に言えばいいのに、と言おうとした口は動かず仕舞い。ただ彼の形のよい唇を受け入れていた。
やっぱり、分からない。 彼が好く理由。 でも、暖かい。から、(いいんですかね)
人はそれを惚気と呼ぶ
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