おいでと言わんばかりにこちらを向いてにこやかな笑顔とともに手を広げている人間に、そうそう素直に答えてやるような人間じゃなかったはずなんだ。私は。
それはきっと手を広げている柔兄もその後ろで苦笑いとむかつく顔をしている彼らだって分かってるだろう。 だって私達は家族だから。お互いのことはわりと分かってる。
たた、と板張りの廊下を走って(いつもならうるさいと怒る人は目の前にいるが、怒る素振りすらなかった)手を広げているなかに飛び込む。 すぐに目を閉じて柔兄の首元に顔を埋めてしまったから、柔兄はともかくその後ろの父さんと金兄の顔も見えなかった。
でも、だいたい予想できる。驚いてるんだろうなあ、と。 さっきもいったように私は手を広げて、いかにも“飛び込んでおいで”といっているような人間に素直に飛び込んでやるような人間じゃない。
はずだったんだ。
止めていた息を吸い込めば、外でザアザアと降り続いている雨と似たような、湿った土みたいな匂いがした。
「…なんや、今日は素直やなあ」
「……遅いよ、馬鹿」
「すまんな、」
柔兄達が悪魔払いのために出ていったのは一昨日だった。いつもならすぐ戻ってくるはずなのにその日ばかりはなかなか戻ってこなくて、おまけに降りだした雨がいやに不安を誘うものだから。 相乗効果って恐ろしいよ。
よしよしと背中を撫でる手があった。 きっと柔兄の手だ。分かるんだ、これが。 ゆっくり顔をあげる。
少しだけ距離を開けたら、父さんと柔兄の笑う顔が見えた。金兄はにやにやとしていた。むかつく。 ちょ、心配していたのに笑うとはなんたること。 こっちは食事だって喉を通らなかったんだぞ。叫んでやりたかった。 悪魔払いの危険度を分かってるから心配して、それで。 だというのに。この人達は。
「ほんま、えらい素直やなあ、懐かしいわ」
「そうやな、かぁいらしいで!名前」
「ちゅーか、俺らがそない簡単にくたばるかって話や」
ちょっと金兄表出ろ。
すみません、僕、反抗期なんですよ
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