眠い、と溢した兄の隣で、なら寝ればいいよと笑った。
「涼しいなァ、今日は」
柔兄が溢す。涼しい…寒いのか、と柔兄を扇いでいた手を止めた。 たしかに、今は暑い夏にしては涼しくて、水打ちした効果かなぁとひとりごちたら、そうかもなァ、とゆったりした声が返ってきて、それは独り言ではなくなった。 京都は盆地だから熱と湿気が隠りやすい。夏なんて、それはもう蒸し風呂みたいになる。でもエアコンなんて使えるほど裕福でもないから、堪え忍ぶしかない。おかげで体はずいぶん丈夫になった、気がする。 風が少し吹き抜けて、止んだ。蝉が生きてることを主張しているみたいにあちらこちらで鳴いている。
「でも、ちょっと暑いね」
「そうやなぁ。夏やさかい。仕方あらへん」
「そうだね。でも、かき氷が美味しいよ」
「お、ええなぁ」
「あとで女将さんに交渉してみるよ」
きっとあの人は優しいから笑ってかしてくれるだろう。柔兄みたいに、ええなぁって言って。 少し楽しみができた。ああでも、シロップはあったかなぁ。みぞれくらいなら安いから買ってこようかな。金兄はブルーハワイが食べたいと駄々を捏ねていたっけ。あんな体に悪そうな色、どうして食べたいんだろうと不思議だった。 まぁ、あとで買いに行けばいい。自己完結して、扇ぐ手を再開しようとしたら、ひょいとそれが奪われた。何だと顔を上げたら、柔兄が団扇をとって「交代」と笑った。いいのに。
「不公平やろ、俺だけ扇がれとったら」
「まぁ、年功序列ってやつがあるから」
「んなもん、兄弟ンなかには必要あらへん」
「眠かったんじゃないの」
「もうねむない」
「そうなの。じゃあ、お言葉に甘えて」
別に、張り合う必要なんてないし、本人がやりたいなら、遠慮する方がきっと迷惑だろうから。よっこいせ、と身を倒す。ちょうど柔兄を見上げられる。柔兄は満足げに、甘えとけ甘えとけと笑っていた。 みんみん。蝉がよりいっそう鳴き出した。
「ホンマ、夏やんなぁ。西瓜が美味しいで」
「あ、いいね」
小さく笑ってから、ふと、視線を動かす。空が眩しいくらいに真っ青で、夏だなぁとまた呟いた。
青くてあおくて白い世界の端を掴んでみせて
「お前らは夫婦か」
title/幸福 最後のツッコミは勝呂
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